あなたは、完璧主義ですか?
「はい」
という方は結構大変ですね。
「いいえ」
という方の中にも、完璧主義
という認識がなくても
実は完璧主義という方も
いらっしゃるかもしれません。
『人のミスが許せない』
と思ったら、結構完璧主義
かもしれません。
人のミスを許すことができても、
なんか、誤字脱字が気になって
しまったり、言い間違いが
気になったりしたりする
というのも完璧主義かも
しれません。
そして、
自分のミスも気になって
しまったり、
自分のミスを指摘されると
『イラっ』ときたり、
するかもしれません。
それが嫌なので、何回も
確認してしまう、、、
それだと時間もロスして
しまい、自分もイライラ
してしまうと、つらいですね。
さてさて、人間は大きな枠で
とらえると、動物です。
動物は、完璧でしょうか?
でもって、
人間は完璧でしょうか?
人間と動物の違いは、
『完璧でない』
ということに気づいているか
そうでないか、ではないかと
思います。
不完全で、完璧ではないことが
完璧と言えるかもしれません。
完璧でないことに気づくことが
できたら、あとは、寛容に
受け入れることができると
思います。
まずは、完璧でない自分を
ゆるします。
今のそのままのありのままの
自分でOKなのです。
そのように自分をゆるすことが
できれば、人のミスに対しても
寛容になれるのではないかと
思います。
まずは、気づいて、自分を
ゆるし、受け入れ、前進して
いきたいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
あなたは、“人生”という言葉を
聞いてどんなことを思いますか?
『なんか大変そう』
『楽しそう』
『人生って言われても、、、』
『人生ゲーム』
『なんか重たい…』
などなど、色々だと思います。
今日は、いつも大変で、
しんどい思いをずっとしている方
に向けての話です。
いつもいつも、しんどい思いを
している人は大変ですね。
その心の奥底には、
『大変ですね、、、』
と言われたい、同情されたい
ということがあるかもしれません。
でも、もっと奥深いところでは
『人生は、修行だ』
『大変なことを乗り越えてこそ
成長できる』
『楽をしてはならない』
なんていう信念があるかも
しれません。
そんな信念を持っていると
いつも、目の前のことを
大変なこととして見てしまい
いつも大変な思いをして
しんどくなってしまう
なんてことが起きている
かもしれません。
本当は、目の前に起きている
出来事も、淡々と乗り切る
ことができるのに、
なぜか、その出来事を
大変にしてしまい、
アワアワしてしまうと
本当に辛いですね。
でも、
『人生は、修行だ』
『大変なことを乗り越えてこそ
成長できる』
『楽をしてはならない』
という信念が、目の前の
出来事を大変にしてしまう
のかもしれません。
本当に人生は修行なので
しょうか?
成長や進化は、人類にとって
『快』とプログラムされている
かもしれません。
でも、楽をしてはいけないので
しょうか?
楽しんでもいいのかもしれません。
楽しみや喜びによって、
成長することもあるかも
しれません。
まずは、
自分の信念や認識をチェック
しながら、健全に自分の
思考パターンを疑い、
望ましい現実を手に入れて
いきたいですね。
人生をいつも、真剣に
真面目に考えている人こそ
楽しんでいいのかも、、、
という考えを時には
採用してみてもいい
かもしれません。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
今日は学びの段階について
書かせていただきます。
あなたは、自転車に乗ることは
できますか?
“できる”
という方は、自転車に乗れる
ようになるまでは段階が
あったかと思います。
その段階は、
⑴自転車というものを
知っている
⑵自転車の練習をして
乗ったことがある
⑶乗ることができる
⑷自然と、何も意識しなくても
乗れている
⑸誰かに乗り方を教える
ことができる
という感じです。
“学び”というものも
同じような段階が
あるのではないかと
思います。
⑴そのことを知っている
⑵やったことがある
⑶できる
⑷何も意識しなくても
自然とできている
⑸人に教えることができる
段階を分けてみましたが
5段階くらいあるのでは
ないかと思います。
大きく違うのは、
⑴と⑶でしょうか。
よく言われますが、
”知っている”
と
”できる”
というのは全然違う
と言われています。
例えば、
コミュニケーションの手法について
「⑴知っている」
で終わってしまうパターンが
あるのではないかと思います。
“傾聴”
について学んだとしても、
⑴知っている
と
⑶できる
はかなり違うと思います。
そして、
『あ、それ知っている』
と思った時が要注意
なんてことも言われたりします。
『あ、それ知っている』
と思ってしまうと、
そこから前進できなく
なってしまうことが
あるからです。
ですので、
『あ、それ知っている』
と思った時は、
『それって できる?』
と自問した上で、謙虚な姿勢で
実践していきながら、
腑に落とし、学びを深めて
いけるといいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
あなたは、あれこれ色々と考えて
しまい動けなくなることって
ありますか?
僕はありました。
例えば、
バスで旅行に行く時、
バス酔いしたらどうしよう、、、
お腹が痛くなったら、どうしよう、、、
トイレに行きたくなったら、
どうしよう、、、
漏れそうになって、
「トイレに行きたい」
なんて言うのも恥ずかしくて
口に出して言うことができず、
そうこうしていると、
渋滞に巻き込まれ、
漏らしてしまったら
どうしよう、、、
いい大人がトイレに
間に合わなくて、漏らして
しまったらどうしよう、、、
恥ずかしすぎる、、、
替えのパンツはどこかで
買えるだろうか?
漏らすのが怖い
だったら、大人用のオムツを
はいていけば、超安心なの
ではないか、、、
と、妄想が暴走しまくって
いました。
その妄想が現実になる確率は
どのくらいでしょうか?
10%以下だと思います。
と言うか、僕の場合は現実化
したことがありません。
漏れそうになり、間一髪で、
間に合った経験はあります。
でも、現実化したことは
ないのです。
そんなわけの分からない
思考の暴走は、どうすれば
いいのでしょうか?
それはまず、
『どんな状況になっても、
自分を受け入れる』
そして、
『どんな時の自分を見捨てない』
と決めることが大事だと
思います。
そのために、私がやっていたのは
まず、目をひんむきます。
大きく目を開くのです。
そして、
『やるしかない!』
と心で叫びます。
そして、下腹部に力を込めます。
そうすると、地に足がついた
感じで、なんとなくどっしりと
することができるような
気がします。
“決める”
ことで前進できるパターンは
結構あると思います。
”決める”
そして、どんな時の自分も
見捨てることなく、
自分を信じて信頼して
生きていきたいですね。
本日は夫婦間の“愛”に
ついて書かせていただきます。
ある夫婦の例をあげ、
どんな状態が愛されている
状態なのか、考えてみます。
ある男性の例をあげます。
夫として、
父として、
一家の大黒柱として、
その方は、毎日一生懸命仕事を
していました。
毎日家族のためを思って、
遅くまで残業をして
日々とても頑張って
いました。
妻のため、家族のために
一生懸命毎日遅くまで会社で
仕事をするということが、
妻や子供たちに対する愛
でした。
一方、その方の奥さんは
どのように考えていたの
でしょうか。
いつも帰宅が遅くなる夫に
対して、不満を感じて
いたのです。
本当は、もっと早く帰ってきて
家族での夕食の時間を楽しんだり、
食器洗いや、風呂の掃除などの
家事を手伝ってくれると嬉しい
と思っていました。
奥さんからしたら、家族のために
早く帰宅してくれたり、
家事を手伝ってくれたり
することが夫からの愛
と思っていたのです。
家族のために、毎日遅くまで
一生懸命仕事をする夫と、
毎日帰宅時間が遅いことを
不快に思い、本当は早く帰宅し
家族の時間を大切にしたいと
思っていた妻のすれ違いでした。
当然平日は、旦那さんの帰宅時間が
遅いので、夫婦での会話や
話し合いもできないままずっと
過ごしていたのでした。
このままの状態が続くと、
奥さんの不満が爆発して
しまうかもしれません。
そこで、一番大事なのは、
夫婦間での対話だと思います。
でも、その夫婦の場合は、
平日は旦那さんの帰宅時間が
遅く、なかなか対話する時間も
取れないまま過ごしていたの
でした。
生まれ育った環境や経験から
価値観が形成されるので、
その人にとっての愛は、
様々だと思います。
そこを対話によって
すり合わせしておくことが
大事だと思います。
なかなか対話する時間が
取れない、、、
という方は、夫婦お互いに
書き出してみる
ということができると
いいと思います。
書き出す内容は、
“どんなことをされると
嬉しい?”
“どんなことをされると
悲しい?”
なんてことから始めて
みるといいかもしれません。
最初は恥ずかしいかも
しれませんが、やってみると
色々発見があるかもしれません。
相手のの気持ちを大切に、
そして自分の気持ちも大切に
しながら過ごしていけると
いいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
いつも、不安で、気づいたら
取り越し苦労をしてしまっている
そんなタイプの方はいらっしゃい
ますか?
気づくと、
『ああなったらどうしよう』
『こうなったらどうしよう』
と、あれこれ考えて、考えて、
準備して、備えて、
取り越し苦労ばかり、、、
そんな感じだと、疲れて
しまいますね。
そして、時間も無駄に使って
しまっているのではないかと
思います。
なぜ、そんな状態になって
しまうのでしょうか?
やはり、傷つきたくない
からではないかと思います。
例えば、仕事をしていて、
きっちりやらないと、
あとで、指摘されたり、
注意されたりするのが怖い
なんてパターンがあるかも
しれません。
注意され、指摘され、
なんか責められているような、
自分を否定されたような
気分になってしまい、
傷つくのが怖い、、、
と思ってしまう
そんなパターンです。
ですので、その痛みを
避けるために、
情報を集め、準備して
備えて、、、
結果そんなに考える必要が
なかったのに、、、
ということを繰り返してしまう
“傷つくのが怖い”
それは、自分のことが大切
だからだと思います。
その自己愛は、素晴らしいと
思います。
でも、いつもいつもそんな
感じだと、時間もロスしますし、
思考も使いすぎて、疲労して
しまうかもしれません。
そんなとき、思考が暴走しそうに
なったら、こう考えてみると
いいかもしれません。
その、想定されたことが、
『起きるかもしれないし、
起きないかもしれない』
という感じです。
恐らく、
いつも取り越し苦労を
されている方は、
『きっとその嫌なことが
起きるに違いない』
と、ネガティブな方向に
考える傾向があるかも
しれません。
その嫌なことが、
起きるかもしれないですし、
起きないかもしれないのです。
確率としては、起きない
可能性の方が圧倒的に
高いかもしれません。
それなのに、多くの時間をかけて
準備してしまったり、
考え込んでしまったり、
時間のロスが大きくなります。
命の危険性がない事象で
あれば、
『起きるかもしれないし、
起きないかもしれない』
というスタンスで、
もう少し気楽に考える
トレーニングをして
いけるといいですね。
そして、本当にその出来事が
起きたのかどうか検証する
ということを続けていくと、
その嫌なことが起きる
かもしれない
けど、
きっとそのようなことは
起きないだろう
と思えるようになると
思います。
そのように、自分の思考のクセを
観察しつつ、もっと気楽に
生きられるようになると
いいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
強い自分はいますか?
どちらも正しいと思います。
そう思われた方、
弱い自分はダメだと思いますか?
強い自分の方が、いいと思いますか?
そのように思っていると、
自己否定してしまっていることに
なるので、
いつも良い気分でいたい
そう思いながらも、
弱い自分というのは本当に
ダメなのでしょうか?
自分は弱いと思っているあなたは
本当は、とても心優しい人かも
そんな素晴らしい長所があるのに、
自分を否定してしまうのは
「弱い」というのは
非常に貴重な存在かもしれません。
でも、日常生活で心の平安を
というかたちで、ある程度境界線を
持つということが必要かも
そして、本当に大切な人の話を
その時は、あなたが感じたことを
相手に伝えればいいのです。
それによって、相手は
“こんなに分かってもらえたんだ”









