極意其の二「消費と恩寵は違う」
覚悟としては、364日なにもなくて、365日目に恩寵のようにボソッと言葉が誰かから出て来る、という位のものが必要。
例えば、ベンチに一時間位座っていると、岡本さんが歩いて来る。
「おうっ」
と岡本さんは言う。手を挙げて。
「岡本さんこんにちは」
と私は言う。
通り過ぎる。
例えば、元祖べてるの家で、私はずっと猫を見ている。
洋子ちゃんが暗い目でため息をつく。
私は何も言う訳でもない。
そのうち、時折猫の話をする。
そうしていたら、潔さんと吉さんがキンキを貰って来たと、帰って来て、
どこからともなく人が集まって、靴の置き場もなくなり、
キンキ鍋を皆で食べる。
何の特別な話もなく、食べ終わったらあっという間に帰る。
例えば、下野君のギターをずっと聴いている。
何を話す訳でもなく、下野君の思い付くままの曲をただ聴いている。
三時間位。
そんな風に、ぶらぶら族は、何のイベントもない所へ行く。
イベント事の中の、機関銃のような言葉の消費には足は向かない。
そんな何も得られない日々こそが、日の当たる場所のような匂いがする。
そんな中に、「おはよう」とか「こんにちは」とかの言葉だけがあり、そこにひそやかな充足がある。
餓鬼のように、食欲がコントロール出来ない現代人のように、「つながり」や「仲間」や「実のある言葉」を求めることではない。
「おはよう」と「こんにちは」だけの中に、小さな恩寵がある。
そうしていたら、365日目が来て、ボソッと言葉が現れて、10分後位に続きの言葉がボソッと出て来る。
消費される言葉は消える。恩寵は消えない。
ぶらぶら族とは、松本寛くん、いわゆる、まっちゃんが標榜している生活スタイルです。
まっちゃんを見習って、私も、浦河に住んでいた頃は、ぶらぶら族を決め込んでいました。
神出鬼没、どこにでも現れる、そしてスケジュールは決めない、所属も決めない。そんな、ぶらぶら族の生活スタイルは、ゆるゆるスローなロハスライフ?
その極意を私なりに紐解いて行きます。
極意其の1
自分の意思で動く自由権。
ぶらぶら族は、根無し草なので、重要なのは、自分自身の意思です。自分の意思を信頼できる、自分と仲良しでいるメンタルが大事です。
迷いなくぶらぶらすることは、邪念が入ると難しいのです。
自分の意思で動く自由を権利として誇らしくあれることが、極意其の1です。
この誇らしさは、現代社会人は失いがちかもしれませんね。
Katsuko.
まっちゃんを見習って、私も、浦河に住んでいた頃は、ぶらぶら族を決め込んでいました。
神出鬼没、どこにでも現れる、そしてスケジュールは決めない、所属も決めない。そんな、ぶらぶら族の生活スタイルは、ゆるゆるスローなロハスライフ?
その極意を私なりに紐解いて行きます。
極意其の1
自分の意思で動く自由権。
ぶらぶら族は、根無し草なので、重要なのは、自分自身の意思です。自分の意思を信頼できる、自分と仲良しでいるメンタルが大事です。
迷いなくぶらぶらすることは、邪念が入ると難しいのです。
自分の意思で動く自由を権利として誇らしくあれることが、極意其の1です。
この誇らしさは、現代社会人は失いがちかもしれませんね。
Katsuko.
最新流行の当事者研究実践と言えば、
家族当事者研究でしょう!
大人の女性に人気の、今、一番イケてる研究はコレ!
なんて、珍しく軽く始まりましたが、、、
やはり、一家の主婦の皆さんが不安クラブにはご入会されるようです。
夫にも不安、息子にも不安、娘にも不安、と、自分の楽しみや第二の人生はさておいて没頭してしまうようです。
会員資格はこのような「さておき症候群」と「先取り不安」です。
自分の楽しみは置いて、先々の不安は取って、と損な役回りなのに、主婦の皆さんは没頭してしまいます。
それには「不安のスパイラル」があって、どんどん不安が募るメカニズムがあります。
息子が病気などを抱える。
先取り不安。
息子の苦労を取る。
息子が困り感を感じない。
将来が不安。
世話を焼く。
先取り不安に戻る。
簡略化すると、こういう循環があります。
不安のみが回転してスパイラルとなります。
ここまでくると、不安クラブ会長職です。なかなか降りられません。
よくある家族会の風景では、うちの子は親亡き後どうすればいいのか、という悲嘆の話でもちきりであったりします。
これを、不安クラブ会長!と呼ぶ事で、当事者研究は息子にさせたいものではなく、自分自身のテーマの解消手段として、「私」のものになるのです。
私が会長さんによく言う事は、まず、「お名前は?」です。
大抵、「○○の母です」とお答えされます。
「名前は母ですか?!」と重ねて、ようやく「私は□□子です」と言えるようになっていきます。
名前を取り戻すと、自分と息子を切り離して考え始めます。実は、自立していないのは親の方だったと気づきます。
そうやって、不安クラブ会長を降りたくなってきた皆さんと研究した結果は、
名誉会長になる!という結論です。
終身名誉監督みたいなイメージです。
長嶋茂雄さんみたくなりたいといった意見が多数出ました。
では、名誉会長の席は誰が奪うのでしょう?
全員分、名誉会長のいすは用意されています。
皆さん、安心して、今は、横のつながりのお母さん達で温泉旅行に出かけています。
泊まりがけで家を空けるなんて、考える事も出来なかった方々が今はすっかり自分たちの楽しみを優先しています。
さて、家で留守番の息子はというと、自分のペースで家事に挑戦して、口も手も出される事なく生活スキルをUPさせる事が出来るので、大歓迎だという状況です。
「苦労は取るな」
これは家族当事者研究では鉄則です。
そして、
「私」を主語にする。
これも大切です。「うちの息子が」を主語にしないで「私が」感じていることを話す事が大切なのです。
病気を抱えたお子さんに当事者研究をさせたいと言って奔走している親御さんは、自分が家族当事者研究をして元気になる背中を見せてあげるだけで十分でしょう。
家族当事者研究でしょう!
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なんて、珍しく軽く始まりましたが、、、
やはり、一家の主婦の皆さんが不安クラブにはご入会されるようです。
夫にも不安、息子にも不安、娘にも不安、と、自分の楽しみや第二の人生はさておいて没頭してしまうようです。
会員資格はこのような「さておき症候群」と「先取り不安」です。
自分の楽しみは置いて、先々の不安は取って、と損な役回りなのに、主婦の皆さんは没頭してしまいます。
それには「不安のスパイラル」があって、どんどん不安が募るメカニズムがあります。
息子が病気などを抱える。
先取り不安。
息子の苦労を取る。
息子が困り感を感じない。
将来が不安。
世話を焼く。
先取り不安に戻る。
簡略化すると、こういう循環があります。
不安のみが回転してスパイラルとなります。
ここまでくると、不安クラブ会長職です。なかなか降りられません。
よくある家族会の風景では、うちの子は親亡き後どうすればいいのか、という悲嘆の話でもちきりであったりします。
これを、不安クラブ会長!と呼ぶ事で、当事者研究は息子にさせたいものではなく、自分自身のテーマの解消手段として、「私」のものになるのです。
私が会長さんによく言う事は、まず、「お名前は?」です。
大抵、「○○の母です」とお答えされます。
「名前は母ですか?!」と重ねて、ようやく「私は□□子です」と言えるようになっていきます。
名前を取り戻すと、自分と息子を切り離して考え始めます。実は、自立していないのは親の方だったと気づきます。
そうやって、不安クラブ会長を降りたくなってきた皆さんと研究した結果は、
名誉会長になる!という結論です。
終身名誉監督みたいなイメージです。
長嶋茂雄さんみたくなりたいといった意見が多数出ました。
では、名誉会長の席は誰が奪うのでしょう?
全員分、名誉会長のいすは用意されています。
皆さん、安心して、今は、横のつながりのお母さん達で温泉旅行に出かけています。
泊まりがけで家を空けるなんて、考える事も出来なかった方々が今はすっかり自分たちの楽しみを優先しています。
さて、家で留守番の息子はというと、自分のペースで家事に挑戦して、口も手も出される事なく生活スキルをUPさせる事が出来るので、大歓迎だという状況です。
「苦労は取るな」
これは家族当事者研究では鉄則です。
そして、
「私」を主語にする。
これも大切です。「うちの息子が」を主語にしないで「私が」感じていることを話す事が大切なのです。
病気を抱えたお子さんに当事者研究をさせたいと言って奔走している親御さんは、自分が家族当事者研究をして元気になる背中を見せてあげるだけで十分でしょう。