SELF SUPPORT STUDY

SELF SUPPORT STUDY

Hello,everybody!
There are my self support study’s notes.
I rescue myself.I support my fellow.

my self support study...
and other...
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今回の記事は応援の気持ちの記事でもあります。ご高覧くだされば幸いです。
高町菜葉さんという漫画家さんは、私にとって勇気づけられる存在です。
作品を拝見していると、クリエイティブな創作意欲は、精神症状にかかわらず、湧く泉だと分かります。

創作意欲に支障をきたすと、言われてきたのが、破瓜型精神病であったと思われます。思春期のうちに発症する統合失調症については破瓜型と分類されますが、あまり良い回復は見られないという見方をされる場合も多かったと感じます。特に、専門家にはそう見られたと感じます。
「精神荒廃に至る」とか、「予後不良」と、レッテルをはられがちだった破瓜型統合失調症ですが、「人」をひとりひとり見るとそんなことは決してないと、感じます。
「当事者研究」や「ストレングスモデル」は、「人」の方を向きます。可能性をはなからあきらめることはないと思っています。
余分な先入観を持たないで出逢うことを大切にします。


「病気と話しをしてるんじゃないんだよね。君と話しをしたいんだよね。」
というのは、良く私も言っている言葉です。


私もレッテルをはられてもがいてきましたが、最近は、自分がはるレッテルを慌てて払拭することも多くなってきました。自戒を込めて、今この記事を書いています。
レッテルや病気への先入観ではなく、「人」を見ると、その人独特のオリジナリティあふれる豊かな生活の知恵が見えてきます。
そして、先入観を裏切ってくれる、人間性の豊かさには、清々しい気持ちを感じます。

その清々しい裏切りを示してくれる存在として、破瓜型統合失調症を持ちながら20年漫画家を続けている高町菜葉さんの作品に触れました。
高町さんは、絵や漫画の仕事、現在は、絶賛募集中のようです。応援したいと感じます。
イラストや漫画で依頼したい仕事があれば、是非、高町さんに依頼してほしい。皆さまにもお願いします。
私が、高町さんの仕事を見たい!という意味もありますよ(^^♪

高町菜葉さんの記事はこちら

高町菜葉さんオフィシャルサイトはこちら

久々に、ブックレビュー記事でした。リンクまで飛んで見てみてくだされば幸いです。

katsuko.
【当事者研究のナラティブストーリーという面について】


日本の自殺者が毎年三万人前後だということを、比べるとしたら、毎年半分の大きさの原爆が落ちているということになる。戦後70年と言うけれど、まるで戦時中。
いわれなく死ぬ人たちがそれだけいる、社会の仕組みがある。

と、坂口恭平さんは先日トークライブで言っていた。


私は、日頃から思うことがある。

生きることは苦しみだったりする。

もし苦しまず楽しいだけになりたいなら?
楽しく生きるは、幻想。

人が存在するということにはなんの意味があるのか。
苦しみを素材に、如何につながりを作るか?だと思う。


フランクルは、人間は苦悩する存在だという。運命に生かされているのであって、生きる意味を自分で持って生きているのではないともいう。

運命に生かされている意味は、苦しみを介して全世界と交信することだと私は思う。
全世界の苦労人と交信出来るポテンシャルを誰もが持っているから、ありのままで良い。
ありのままとはそういうこと。絶望的に安心して良いことだ。ありのままで誰もが素晴らしい、と言う薄い励ましに違和感を感じるなら、そういうこともすべて含めて、ありのままで良いんだと声をかけたい。

だから、苦痛のさなか、全世界の人々は、「I am KENJI」と声をあげたのではないだろうか。
だが、時と場所をたがえて生まれたなら、私という存在はカダフィにもなっただろう。時と場所をたがえて生まれたなら、アフリカの飢餓のさなかの子供にもなっただろう。それを想うとき、私は、苦悩も共に持って歩むということが連帯だと感じる。


わがことだけじゃない苦しみを、誰もが持っているから、わがことのように直視した人たちにはたまらない。戦時中は終わらない。

でも、生きてみようかな。全世界と交信出来るポテンシャルを私たち人間は持っている。
私という存在はひとりだが、孤独ではない。


だから何だって訳じゃないけど、何にもならないけど、それが人生のセオリーだと思うし、人生のストーリーだと読みたい。

人生のストーリーを読み替えてみよう。今が生きられないなら、全世界のストーリーを読み替えてみよう。

その人間のナラティブな営みも、当事者研究は横断している。
当事者研究は決して単なる対症療法ではなく、生きざまを当事者研究と呼んでも良い。


私は、生きている毎日が研究。


katsuko.
「幻聴さんをスルーするskill」

向谷地生良さんをみていると、ストレスフリーな人生は、鈍感力とスルー力だと思うことがあります。さて、今回のskillバンクは、スルーする技術。


幻聴幻覚さん、妄想さんを、もし体験したら、皆さんはスルー出来ますか。

「飛び降りろ!!なんちゃって。やっぱり飛び降りろ!!」
例えば、こんな風にさいなまれるほど聞かされたら、参りますよね。
スルーする力が試されるときです。

ノーベル経済学賞を受賞もしたゲーム理論の論文で有名な数学者であるジョンナッシュ教授を皆さんはご存知ですか?「ビューティフルマインド」という半生を描いた映画はアカデミー賞を取った作品です。
ジョンナッシュ教授は、長い人生の中で統合失調症の幻覚という症状と付き合い続けました。映画でも触れていますが、ジョンナッシュ教授はスルー出来るskillを身につけました。
これは数学者だったことも底にあるのでは? 検証していないことは信じないのが数学的思考力と感じます。
映画では、大学構内で初めて会う人が挨拶して来たら、信頼しているゼミ学生に「今私の目の前に人は居る?」と訊いて「居ますよ」と答えてもらい確認してから、ご挨拶をしていました。(その初見さんは、ノーベル賞の選考者でしたってオチでしたww 無視してたらもらい損ねるところでしたね。)
またここで気づくことはまだあり、「周りの現実のサポート」や「現実の苦労」は、幻聴さんの人柄を穏やかにさせます。現実のつながりが増えたら幻聴さんの言葉が優しくなるのは、よく仲間から聞く証言です。

検証していないことは信じない。というのは、振り込め詐欺に引っ掛からないコツでもありますよね。すぐに対応せずにいったんスルーして落ち着いてから周りに確認、そして考えましょう。
将来のためにも、今、幻聴さんに試されてるならば、スルーというskillを使いましょう。老後役立ちますよ!
反証と検証してから、実践する。この手順は大切なセオリーと思って、幻聴さんとより良い関係を築きましょう。


では、そのスルー力というプロセスを支えるもの。土台も大事です。

症状と言われがちなモノに対して、前向きな関心を寄せる。
自分を支えるサポーターとなる人たちが雑多に居る。

この二点が、検証的スルーskillを育むベースだと思います。
前向きな関心は、没頭でも俯瞰でもない、そのどちらにも片足を突っ込んでいる、そんな感じです。我がことに対しては、この「前向きな関心」が常にあることが、自分自身のセルフコントロールの土台を作るように思います。「爆発救援隊」「春のキャンペーン」など、前向きな関心を賦活する言葉たちが当事者研究には多くあります。ご活用ください。
サポーターが5人は居ると良い。とはWRAPで言われていることです。共感です。サポーターは少なすぎない方が良いです。多い方が、依存が分散されます。分散されると楽に持ち上がるのが、ちからの法則ですよね。また、雑多に居ることも大事ではないでしょうか。支援の方向性が一点に決まってることはそれは良いことですが、雑多な多様性のある…たまには苦言を勝手な立場から言うぐらいの雑多ぶりが自然だと感じます。その自然さのなかで人は自分をはぐくむと思います。

鈍感にスルーして忘れんぼで周りに助けられて、という、向谷地さん的なあるいはジョンナッシュ教授的な、ゆるゆるスローのストレス対処を気長に気楽に試してみてもいいのではないでしょうか?

皆さんの人生の苦労に敬意を感じながら応援しています。
では、また次回。

katsuko.