生活のなかにはよくわからないことがおおい。はて、な?とか、ぽかん、とするようなことが多い。
本を読んでいても何をいってらっしゃるの?と著者に問いたいことがしばしばある。

「自己は他者のまなざしの宛先として形成される」だとか「発話することが行動することと同義になる場合がある」だとか。はて、な。となる。しかし同時に、わからないけどなにか凄そうだとも思うわけである。分からないものに対する尊敬もしくは畏怖心をもっているわけである。

GAYOKUのメンバーは(しんたろう、つまりオレ、以外)ピアノサークルに所属しているのであるが、同じように理解を超えたものに対する尊敬というものが存在するらしい。それは演奏を互いに披露しフィードバック(評価)をしあう時に、その演奏者が自分より上手いか下手かの如何によって評価する言葉が変わるというものだ。

自分より下手な演奏を聞いた時はどこが悪いのか理解することが出来るため、その克服をアドヴァイスとしてフィードバックする。ところが自分より圧倒的にスキルのある演奏を聞いた時、同じことはできない。それは、演奏が自分の理解の範疇をゆうに超えてしまっているからである。この時の主なフィードバックとしては「よかったです」
だとか「うまかったです」といった、分析的でなく感情的な言葉を使う。ここで大事なことは、自分では理解できないことがら(演奏)に対して理解しようとすることを放棄することなく敬意を払っているということである。

敬意をはらう必要など毛頭ないのだが(この場合ほとんどの人がするだろうけれど)、これを怠ると後後おそろしい結果が自分の身に降りかかってきてしまう。たとえば理解を放棄するということは自身の技術を高めるチャンスを逃していることになり、結果的にライヴァルたちにどんどん追い抜かされたりする、ということもありえなくないだろう。

今のはなしをaweという単語の派生語から説明してみたい。
aweには「畏怖、畏敬の念」という意味がある。自分の理解をこえたもの、言葉で説明できないけど凄いのは感じるようなもの(暗黙知)がaweである。理解できないものは、こわい。お化けに叱り、おんなにしかり。この時それを感じる側としてやってはいけないことは、そのaweからただ遠ざかろうとすることで関係を断ってしまおうとすることである。畏怖を感じさせるものは尊敬しなければならない、awesome!(すばらしい)と叫ばなければならない(ピアノのフィードバックのように)。さもないと後後痛いしっぺ返しをくらうことになる。aweを尊敬しないことでaweがawful(な結果)として自分に跳ね返ってくるのだ。

畏怖(上手い演奏)は理解できる範囲を超えているわけだから、何が凄いのかは納得できる類のものでない。青木保はその著書『文化の翻訳』のなかで次のような言及をする。
「物事に畏怖するとは、決して納得づくであってはできないことであろう。説明する誘惑にどこまで打ち克てるか。」(p.14)

このaweというものは様々なものに置き換えることが出来る。awe=godだったりawe=原発の対置であったり。
内田樹さんはこの文脈の中で原発問題を扱っていたように思う。様々な利益をもたらしつつも、一度火をふいたらどんな災厄があるのか分からない(理解不能)という意味で、原発=(一神教的)神=aweなのである。

したがって我々は原発に対して畏怖心を表さなければならなかった。awesome!とさけぶ必要があった。たとえばその威力に尊敬を払って、半径数十キロ以内には居住区をつくらないなど、神=原発を聖なるものとして扱い、畏怖心を表さなければならなかったのである。しかしこの態度は失われていた。技術への盲信によって、ひとびとは
原発を制御可能だと決めつけた。神=原発をコントロールできるわけがない。シュペングラーが『The Decline of the West』でいったように、文明の衰退期には技術への過信が起こるとするならば今われわれは文明の冬の時代にいきていることが示されることになる。やはり理解不能にたいしてはawesomeを叫ばなければならない。
awfulはさけるべき事態であるからである。

この理路は勉強をするときの態度にも関わるような問題なんじゃないかとも思う。分からないことをつきはなすのでなく、尊敬の念をこめて心の中にとどめておく努力をすること。
そうした態度なしには一生バカのままでおわるというawfulな結果を逃れることはできないんじゃないだろうか。

せっかくの夏休み。分からないことを大切に、わからないものが分かった瞬間にはそれにたいする感謝の念を大切に、勉強をしていきたい。

しんたろう
$Gayoku公式ブログ
スイスにおいてなぜ金融業が一国の経済を担うほどに発展したのかについて聞いたことを書いてみたい。

スイスの地形を考えてみれば分かることだが、スイスは農業・牧畜に適さないと言える。
寒いわ山脈はそびえるわ、で。つまり、輸出産業が発展しなかった。

しかし食いつないでいかなければならないのでなにか輸出する必要があった。そのひとつの策が精密機械だといえる。スイス製の腕時計は高級品である。しかしそれよりずっと前、技術が進歩する前、かれらは「戦闘力」を輸出した。

あのいかつい体をもったスイス人である。ヨーロッパ中の戦争で重宝された。
このように戦闘力を売ることで生活費をまかなったのである。

しかしただ戦地で金をもらっても意味がない。金を必要としている嫁・こども・親はスイスにとどまっているからだ。まさか戦地までつれてはいけない。そこで送金システムの発達が必要とされた。戦地から宅地までの送金だ。

こうしてスイスの金融業発展にひつような送金システムが整備された。

このスイス人傭兵のなごりはヴァチカンにある。ヴァチカンの衛兵の制服はスイス人傭兵のものである。またヴァチカンの警察組織の一端をスイス人傭兵がいまだにになってもいる。画像はヴァチカンの衛兵がきている制服である。

今週の集まりで少し紹介した家族制度の補足です。


ジョン=ヘイナルは1965年「ヨーロッパ的結婚パターン」という論文でサンクトペテルブルグ=トリエステ線を境に東西で中世から近世にかけて結婚パターンが異なる事を明らかにした。西は晩婚で独身率が高い西洋家族(Western Family)、東は皆婚で早婚である父系制家族という異なる家族形態をとる。


以下がミッテラーが行った両者の比較である。



西洋家族

父系制(東欧)

住居

新居制(結婚したら独立)

男系親族との同居

宗教

キリスト教

祖先祭祀、崇拝の対象は男性のみ

財産

夫婦の財産権は平等

財産共有、女性に財産権なし

土地

形式的平等原則→奉公人制

実質的平等原則

結婚

晩婚

早婚

再婚

強制(経済上の必要性)

禁止(祖先崇拝の必要性)

老人

隠居

第一世代が家長


父系制家族では祖先崇拝などの宗教的原則が絶対厳守であった。


一方の西洋家族は新居制のため、核家族が多数存在した。そのため、領主はそれぞれの家庭の生計が成り立つよう、未亡人の再婚を強制したり、非血縁者を奉公人として働かせるなどの経済合理性を重視した。


こうした社会構造の柔軟性の違いが後のイギリスに世界初の産業革命をもたらしたのであろう。


のぶてる