旅をする木 (文春文庫)/星野 道夫
¥470
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地球交響曲-第三番- の感想でもご紹介しましたが、アラスカで17年という月日を過ごした著者、星野道夫氏の生前最後のエッセイ 『旅をする木』 を読んでみました。


星野氏は写真家としてアラスカで暮らしていましたが、どれほどアラスカという大自然と動物たち、そしてそこに暮らす人々を慈しんで日々を送っていたのかが、ひとかけらの衒(てら)いもなく伝わってきます。

文章はとてもまっすぐで、表現の巧みさに彼が見て感じた美しい情景がその温度と共にはっきりと伝わってくるのです。

特別でスリリングな出来事など書かれていません。 ただ自然の恵みや営みの中に芽生えるたまゆらの幸福感が何度も何度も波のように寄せては返す本なのです。

彼の幸福感が読んでいる人にも伝染し、『伝えてくれてどうもありがとう』 と彼の愛情に感謝を述べたくなります。


彼とアラスカとの出逢いは、東京、神田の古本屋街の洋書専門店で、一冊のアラスカの写真集を手にしたことが始まりでした。 手垢がつくほどにその写真集を開いては眺めていた彼は、その中でもどうしても気になる一枚の写真があったのだそうです。

それはあるエスキモーの村を空から撮った写真でした。

灰色のベーリング海、どんよりと沈む空、雲間からすだれのように射し込む太陽、そしてその中でポツンと点のようにたたずむエスキモーの集落...

いったいどんな人々が、何を考えて生きているのだろう? と。


【以下、本文から抜粋...】


昔、電車から夕暮れの町をぼんやり眺めているとき、開けはなれた家の窓から、夕食の時間なのか、ふっと家族の団欒が目に入ることがあった。 そんなとき、窓の明かりが過ぎ去ってゆくまで見つめたものだった。 そして胸が締めつけられるような思いがこみ上げてくるのである。 あれはいったい何だったのだろう。 見知らぬ人々が、ぼくの知らない人生を送っている不思議さだったのかもしれない。 同じ時代を生きながら、その人々と決して出会えない悲しさだったのかもしれない。


その集落の写真を見たときの気持ちは、それに似ていた。 が、ぼくはどうしても、その人々と出会いたいと思ったのである。


写真のキャプションに、村の名前が書かれていた。 シシュマレフ村...

この村に手紙を出してみよう。 でも誰に? 住所は? 辞書を開くと、村長にあたる英語が見つかった。 住所は、村の名前にアラスカとアメリカを付け加えるしか方法がない。


“あなたの村の写真を本で見ました。 たずねてみたいと思っています。

何でもしますので、誰かぼくを世話してくれる人はいないでしょうか...”


手紙の内容は、それが正直な気持ちだった。 初めて書いた英語の手紙は、どんなにつたない文章だったろう。

返事は来なかった。 当然だった。 宛名も住所も不確かなのだから。

たとえ届いたとしても、会ったこともない人間を世話してくれる者などいるはずがない。 ぼくは手紙を出したことも忘れていった。

ところが半年もたったある日、学校から帰ると一通の外国郵便が届いていた。

シシュマレフ村のある家族からの手紙だった。


“...手紙を受け取りました。

あなたが家に来ること、妻と相談しました... 夏はトナカイ狩りの季節です。

人手も必要です。 ...いつでも来なさい...”


雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶


彼の人生は、抑えられない衝動と無鉄砲にも思えるチャレンジ、そしてそれを受け入れてくれたある一家庭との縁から、大きく動き出したのです。


彼のエッセイに出てくるアラスカの人々は、人間の立ち入りを拒絶するような寒さの中で敢えて暮らし、何千年何万年も変わらぬサイクルの中で生きる動物や、小さくても短くても春には綺麗な花を咲かせる自然の営みに喜びを感じて生きています。


アラスカに来て間もなかった彼の奥さんに、彼の友人はこういいました。

『いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。

寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。

離れていることが、人と人とを近づけるんだ』


“世界が明日終わりになろうとも、私は今日リンゴの木を植える...”

そんな人生を知り尽くした逞しさと智恵をアラスカに暮らす人々は抱いているような気がしました。


うまくお伝えできませんでしたが、とても素敵な本です。

気持ちが爽やかに、前向きに、幸せになります流れ星

亡くなってしまった彼は、いつでも本の中で優しく語りかけてくれます。


未来のきみが待つ場所へ 先生はいじめられっ子だった/宮本 延春
¥1,155
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今でも夏休みの宿題には、読書感想文というものがあるのでしょうかはてなマーク

もし宿題があって、未だ読む本が決まっていないのでしたら、この本は是非ともお薦めです合格

そして大人が読んでも 『こんな人生を生きる人もいるのだな』 と考えさせられる一冊で、勇気と元気がもらえてしまいます。


著者である宮本氏は、小学、中学の成績がオール1、算数の九九も中学を卒業する時点で2の段までしか言えなかったという折り紙付きの落ちこぼれ的な生徒でした。 九九が出来ないと分数計算もできなくなり、

“解らないから勉強できない、勉強しないから解らない”

という悪循環にはまって、さらにそれは先生、生徒からの無視、そして「いじめ」の対象へと転換していったのです。


「いじめ」


私はこの言葉が大嫌いです。 どうして「いじめ」という行為がひどく下劣で収穫がなく、なおかつ醜いということが感覚でわからないのだろうと哀しくなります。 「いじめ」ている本人は、いじめている最中の自分の顔を手鏡で見てみたらいいと思う。 どれだけ歪んだ顔をしているのか...。

グループでたった一人を絶望の淵に追いやることに満足感を覚える子供達は、やはり大人達の鏡なのでしょうか...?


給食費をクラスメイトに脅し取られてしまった著者が、夜中から明け方までラーメンの屋台を引いて生計を立てている母親にもう一度、『給食費をちょうだい』 ということはとても辛かったことですが、そうするしかありませんでした。 大酒のみで経済観念のない父親が学校に抗議の電話をすると、先生はまるで業務的に、給食費を取った生徒と著者を職員室に呼び出して、

『さぁ、握手をして仲直りだ』 で終わりにしてしまいます。 そしてこの出来事がさらに「いじめ」を陰湿化させたことは言うまでもありません。

先生という存在がもし「いじめ」の心理を本当に理解していないのであれば、それは子供にとって終わりの見えない恐怖と絶望を意味します。


この時代の著者の生活を読んでいると、心が沈み、重たい雲に覆われているような気持ちになりました。


ところが人生は、「出逢い」をきっかけにガラリと変わってしまうのです。

彼の人生を知るにつけ、「出逢い」はいつも偶然やってくるようにみえるけれど、そうではなく、何かを転機に必然的に降り注ぐ『恵み』のようなものだと感じました。

彼にとって人生の最初の転機は、少林寺拳法を習うことでした。

そこで彼は生まれて初めて『目標』というものを作ります。

『目標』が達成されたとき、彼には『自信』という財産が芽生えました。


そこからの人生は出会う人々の質さえも変えて、おもしろいように展開していきます。

彼が心から恋焦がれていた“友情”、人から頼られ信頼される喜び、自分自身を愛してくれる彼女の存在、自分で働いて得た困らない生活、心から生きている喜びを感じられる仲間との音楽活動...。

そういったものを彼は手に入れたのです。


そして彼にとって2度目の大きな転機が訪れます。

九九さえも出来ない著者に、

『この番組、私にはよく解らなかったけど、あなたなら、ひょっとしたら解るかもしれない。 もし解ったら教えてね』

と言って、国立大学卒業の彼女から渡された一本のビデオが、著者の人生をあるべき方向に導いてしまうのです。


それは、『NHKスペシャル アインシュタインロマン』というタイトルのビデオ録画でした。

“相対性理論”を、数字・数式を使わずに解りやすく紹介した番組です。

彼はその世界に一瞬にして惹き込まれ、物理学への非常な興味を抱きます。

そして小学2年生の算数から勉強をし始め、24歳で定時制高校、27歳にして有名国立大学の物理学科入学を果たし、その9年後には大学院を卒業するのです。


定時制高校の先生方の私利私欲を超えた愛情や、彼を囲む人々の気持ちがとても温かくて幸せな気持ちになります。


そして彼が最終的に選んだ職場は、彼が大嫌いだった『学校』でした。

勉強嫌い、いじめ、自殺未遂、貧困、両親の不和、出生の秘密、偏見、そんなものを全て通り過ぎて、自分自身の努力に加えて他人様の愛情をも得ることのできた著者のような人が 『先生』 であることは、とても素晴らしく頼もしいことだと思いました。


彼の母親が生前、最後に作ってくれた温かな朝食の話には、こみ上げるものがありました黄色い花 機会がありましたら、是非ご一読ください虹



シークレット・カメラ―ユダヤ人隔離居住区ルージ・ゲットーの記録/フランク・ダバ スミス
¥1,470
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第二次大戦中、ポーランドのルージという街に暮らすユダヤ人16万4千人が隔離されたたゲットー で撮られた写真集です。

撮影者は、敬謙なユダヤ教の家庭に生まれたメンデル・グロスマン

(1913-1945)という人です。

グロスマンはゲットーの行政府から、写真を撮る任務を命じられていた人で、彼の任務は、作業所で作った製品を撮ったり、強制労働者たちの身分証明書の写真を撮ることでした。


そういった任務以外にしかし彼は、個人的にフィルムと暗室を使うことを許されていた限られた人物であり、彼はその悲惨で非人道的な現実を残そうと、レインコートの中にカメラを隠し、ポケットに穴を開けて、誰にも気づかれることなく写真を撮り続けていたのです。


見つかった時点でもちろん何の迷いもなく銃殺されてしまったであろう状況の中、元々心臓の弱かった身体にも無理をさせて撮り続けた写真は1万枚にも及び、そのネガは死への場所アウシュビッツに強制連行される前日に、プリキの缶に詰められて彼の家の窓枠の下に隠しました。

また、プリントされた何百枚もの写真も、仲間達に預けていったといいます。


彼は、アウシュビッツに連行される途中で病気で亡くなりました。

最期までカメラを離さなかったといいます。


非常に残念なことに、1万枚にも及んだネガは、1945年5月にナチスが降伏したあと、グロスマンの妹によってイスラエルにある生活共同体に送られたのですが、1948年のイスラエル独立戦争により、消失してしまったのだそうです。


この写真集の写真は、グロスマンの親しい友人が密かに大切に護っていたもので、現在に遺されている数少ないものです。


写真の中には確かにそこで生きていた人々の姿があります。

あれほどの絶望的で残酷な、飢えと疲労と病と恐怖で満ちた一日一日の中で、助け合っている人々が見えます。

僅かすぎる食料を分け合って食べている兄妹がいます。

有刺鉄線越しに話をしている家族がいます。

小学生にも満たない子供達が、馬のように革帯をつけられて重い荷物を引っ張っています。

愉快な歌を唄って皆を楽しませている人が見えます。

穏やかに笑っている大人と子供達が見えます。


この写真集は底知れない悲しみと、

それでも消えずに灯っている希望の光を写し出しています。


gaia_symphony3


今日は渋谷の青山通り沿いにあるウイメンズプラザで行われた、

地球交響曲 -第三番- を観てきました。

7月15日の-第一番- の時と同じく自主上映でしたが、今回は精力的に自主上映の場を提供してくださっている青樹洋文氏 主催によるもので、昨年12月の上映会からは会場で使用する電力を風力発電によるエネルギーで賄っているのだそうです。

会場の灯りは充分に空間を照らしてくれて、温かな光だと感じました。

始めに会場でご挨拶された青樹氏は、とても朴訥な印象を与える男性で安心感を抱きました。


フィルムの始まる前には、オーストラリアの原住民アボリジニ族の楽器 “ディジュリドゥ” の演奏者である“KNOB” さんが登場し、演奏してくださりました。


...素晴らしかったです流れ星

私は過去に一人バックパッカーとして、バスでオーストラリアを一周したことがあるのですが、その時に見た赤茶けた風景と乾いた風、自然の中にポツンとあるバス停でバスを降り、永遠に続くとも思われる自然の中に歩いて消えていったアボリジニの末裔の姿などを思い出しました。

自然の真ん中に一瞬にして放り込まれたような感覚、 灼熱の太陽、 大地を這うような振動、 波動、 天の声、 大地の力強さ、それを覆う空の神秘... そんなものを心に響かせて届けてくれる演奏者でした。



地球交響曲 -第三番- は、自然写真家 星野道夫氏を中心として広がっていた、共通のマインド  (地球(自然)に畏怖し、愛し、尊重し、その中で生きる人間の究極の悲しみと幸福を見つめて生きる) を持った人々との繋がりを教えてくれます。


1996年8月8日に星野氏は、ロシアのカムチャッカで取材中に彼が尊厳していた“熊”に襲われて死去しています。 41歳で結婚し42歳で息子を授かり、死去したのは44歳のときでした。

地球交響曲の監督である龍村 仁氏 は、生前の星野氏にこのフィルムに出演依頼をしていました。

テーマは、冬には-50℃を記録するアラスカに暮らす彼と彼を囲むアラスカの人々を取材して、『自分達のルーツを探る神話をつくろう』 というものでした。


しかし、突然星野氏はこの世からいなくなってしまった。

それでも龍村氏が、肉体としては見えないけれども生き続ける星野氏の魂と共に、フィルム作成を続行する決心をします。

そしてそれは、予想外の展開に広がり、龍村氏は様々な、さも偶然にやってきたかのような出来事や人々が、確実に1つの大きなメッセージとして繋がることに気づき驚愕するのです。

そしてそのメッセージは、星野氏が死去して11年が経った今、尚も現実の現象として動いていて、新たな出逢い、より強力な共感へと導かれています。


その繋がりは、残念ながらとても私の文章力ではお伝えできません。

(すみませんショック!

是非、機会がありましたらフィルムをご覧くださいませ。

また、龍村監督と星野氏との繋がりが記されている『魂の旅』という本がありますので是非ご一読ください。


魂の旅地球交響曲第三番/龍村 仁
¥740
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最後に1つだけ。


フィルムではハワイの海洋カヌー航海者ナイノア・トンプソンという男性が出てきました。

ハワイでは一時期、祖先代々からのハワイ文化を嘲笑され、抹消・否定された統制時代がありました。

彼は、“何千年も前のハワイ人が、タヒチから自分で作った船でハワイまでやってきた” という否定され続けていた説を1976年に実践し、ハワイの先住民の人々にかってない勇気と誇りを与えた人でもあります。


彼が船を作る時に、船の本体部分にあてる巨大な木が必要だったのですが、ハワイにはそんな巨木はありませんでした。

そんな時、ハワイダンスで流れるチャント(歌詞)の中に、

『時々神が、波から大木を届けてくれる。

それでカヌーを作って旅に出よと』

というフレーズがあることに気がつき、大木が流れてくる元はアラスカに違いないと知るのです。


彼はアラスカに行って船を作るのに足りる大木があることを確認し、アラスカの人々の了解をも得ます。

ですがナイノア氏は、何百年、何千年もの月日をかけて天に伸びたアラスカの巨木を切り倒すことに胸を痛め、ハワイで1から植林して巨木を育てる という方向転換をします。

結局、アラスカの人々の思慮深い配慮によって、彼のプロジェクトにアラスカの一本の大木が寄与されるのですが、彼らが自然を慈しむ気持ちには深いものがあります。

奇遇にも、巨木の寄与に特に貢献されたアラスカに暮らすジャクソン女史は、生前の星野氏ととても深い交流をされていた人でした。


ナイノア氏はその木を使って船を作り、『ホクレア号』 と名づけました。

そしてホクレア号に乗ってハワイからアラスカまでの航海を果たしました。

今年の4月にナイノア氏は、『ホクレア号』の舵を取り、沖縄、そして日本列島を航海しました。

沖縄に到着したのは偶然にも、龍村監督の誕生日でした。



生前の星野氏はナイノア氏の存在を知りません。

ですが、星野氏の最期の著書が 『旅をする木』 というタイトルだということに、龍村氏は一連の流れを通して見ても、何かの繋がりを感じずにはいられないといいます。

共に自然を愛する二人が龍村氏のなかで確かに繋がって、或いは、星野氏の魂があたかも関連する人々との出逢いに導いてくれたかのような体験を通して、私達多くの人間にたくさんのメッセージを届けてくれました。


旅をする木 (文春文庫)/星野 道夫

¥470
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上映が終わると、龍村監督が自転車で会場に駆けつけて、お話もしてくださりました。 (ご近所に住んでいらっしゃるのだそうです晴れ

才能だけでなく、気さくでユーモアのある方でした。



今日も最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございましたクローバー

地球は心をもっている―生命誕生とシンクロニシティーの科学/喰代 栄一

¥1,500
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昨日の補足としまして、私が面白いと思う動植物の生態をいくつか挙げてみたいと思います。
キラキラカッコウの一種は、自分の卵を他の種類の鳥に育てさせるため、卵の色・
模様を相手の卵の柄に似せて相手の巣に産み付けます。

キラキラバラの花に棘があるのは、美しいカタチと香りを持った自分に近寄る外敵
から身を守る為だと思います。

キラキラ哺乳類は通常、一度に産む子供の数と比例して乳房の数が決まる
(人間は2つ、犬や猫は4~12個)と言われていますが、人間には退化して
しまったもっとたくさんの乳房(副乳)があったのだそうです。
また、母乳の必要性を感じると、産後の女性でなくとも、あるいは男性でも
母乳が出てきたというケースもあるそうです。

キラキラ 動植物には外敵ら身を守る為に、自分の姿を周りにある物に擬装化
(カモフラージュ)してしまうものが少なくありません。
(↓ 茶色の葉っぱはカモフラージュした昆虫です)
擬装する昆虫(茶葉部分)

その他、自然が創作したクリエイティブな生物について、この本のなかでも、
3つ紹介されていました。
簡単に下記に羅列しますが、本で詳細を読んでいくと更に興味深いです。

キラキラ細菌は、細菌の膜を通る水素イオンの流れが生出すエネルギー
原動力として鞭毛を回転させている。
キラキラ コウモリは超音波のレーダーを、口又は鼻から出して虫を捕える。
キラキラホタテガイの目には、放物面の鏡と補正レンズが使われている。
これは人間が作り出した望遠鏡と同じデザインであり、
複雑精緻な構造である。

その他、Amazing Creatures という、You-tube画像もみつけましたので、
ご興味がありましたらご覧ください。 (“アラーの神が創作したものだ”と主張しているところが多少くどいですが、モールス信号のように点滅の具合でコミュニケーションを図る蛍や、構造を計算しつくして編まれたクモの巣とその耐久性、海底600mに住む電気クラゲや砂漠仕様に創られたかのようなラクダなど、興味深い内容です。)

さて、この本ではその後、第二章にて生命誕生の為に働く精子・卵子の驚くべきメカニズムや、胎児と母胎の共同作業についての神秘について、第三章ではシンクロニシティに関わる現象を挙げて、因果の法則から外れたところで起こる、“意味のある偶然”について示唆します。

そして本題である、アーナ・A・ウィラー氏(天文物理学者)による、

Planetary Mind -惑星心場-』説に導いていきます。

私はこの仮説を読んでいて、これまで私が漠然とイメージしていた

“この世の精神的な法則” に一番近いと気づき、夢中で読破しました。

その仮説とは、

『地球全体が実は1つの生命体であり、全ての有機体が調和してサイクルすることにより、生き生きと機能している。

そして地球は、1つの集結した“心(意識)の場”を持っており、

生物・自然界の全ての営みと共鳴しあっている』

というものです。


ウィラー氏はこの考えが、紀元3世紀の哲学者プロノティスが唱えた精神宇宙論から大きな影響を受けたものだと自ら語ります。

プロノティスもウィラー氏も、私達の生活は『感覚的・物質的世界』と、 『叡知的世界』とに分けられており、叡知的な世界というのは、世界共通の意識の泉のようなものだといいます。

(デビット・ボームは、『叡知的世界』を暗在系、『感覚的世界』を明在系と呼んでいました)


ウィラー氏は更に、

宇宙全体に漂う“意図” (cosmic intelligence)を 『惑星心場』、

地球上の全ての意識パワーが凝縮する空間を『情報場』、

そして、私達が普段知覚している意識の場を『意思場』 と定義します。


この考えは、ユングの定義した“集合的無意識”や、古代インドから伝承されたとするアカシックレコードにも追随するものですが、著者の喰代氏は、そういった森羅万象、宇宙開闢以来の全ての情報や意識の流れが蓄積されているような場から、ふと何かの法則でこぼれ落ちて現象化、再現化したものが、シンクロニシティではないかと言及しています。


では、知覚できる心(意識)と、宇宙空間パワーの場である『惑星心場』とは、どのように共鳴しあっているのでしょうか?

近年の科学では、意識の正体は光量子だとする仮説が少なからず支持されているといいます。

これは、脳ニューロンの中にある微小管という細胞構造の中に、電子や光子が流れているという発見に基づいた仮説です。

もし「光子場(光の場)」なる電気信号的なものが脳内に発生するとするならば、宇宙空間の光子場との相互作用が働くかもしれない、という論理も全く可能性が無いわけではありません。

こういった量子学的な仮説は、国内外の著名な理論物理学者などから大いに支持されつつあります。


さて、昨日の宿題です。

“なぜ全ての有機物が種の存続(生きつづけること)のみを目的として存在しているのか?”


ウィラー氏の発想は少々大胆です。

“ビックバンにより∞に拡散していく前にあった物質やエネルギーといったものには、もともと宇宙意識も備えていた。

そしてビックバンの際に、その宇宙意識も粉々に飛び散ったのではないか? そういった宇宙意識が地球という惑星に局在化したものが『惑星心場』であり、それは尚も、かって1つであったビックバンの時の宇宙意識に戻ろうと試みており、分散した他の宇宙意識と繋がろうとしているのではないのか。

すなわち地球の生命が、自然と調和を保ち生き続けることにより、『惑星心場』を成長させているのだ”


正直、そこまでの論理は飛躍しすぎていて、非常に観念的な思考にも感じてしまいますが、

生物がアイディアを凝らした風貌で調和して生き、植物が緑や美しい花々を咲かせて収穫の実を落とし、土壌は昆虫や野菜を育て、大地には清らかな水が山から流れてくる。 そんな澄んだ空気に満たされた地球という惑星には、祝福された愛を感じます。


地球上の全てと調和して生きていること、それだけが唯一宇宙からリクエストされている大切なことなんだと今は感じるだけです。


とても面白い本でした。