誰が悪いなんて、突き止められない。



その金額で受けてしまったことが悪いのか

作業の見積もりが甘かったのか

管理の方法が悪かったのか

アサインしたクリエイターのクオリティが低かったのか

クライアント側の担当が悪かったのか

現場のディレクターの仕切りが悪かったのか



だーれにも解らない。

みんな「あいつが悪い」と思っている。

最終的に責任を負わされるのは現場ディレクター。



とにかく疲れた。

いつも反省は尽きないが、生かされた事もない。

それは自分が変わらないからかなぁ。

今日も答えのでない自問自答を繰り返す。
見得を切るとは、

歌舞伎の『見得』とは、"歌舞伎俳優の感情、または動作の高揚が頂点に達したとき、一瞬動きを止めて一定の姿勢をとる演技"のこと

らしいです。

 この文化は、歌舞伎より古く蒙古襲来のときからすでにありました。日本の武将が「遠からんものは音に聞け、近くばよって目にも見よ。われこそは・・・」と口上を述べている最中にてつはうが飛んできたのは有名な話。この時点ですでに島国と大陸文化の差が出来上がっていたのです。
 そして、21世紀の現代でもその様式美は日本の至る所で脈々と受け継がれています。古典芸能のみならず、マンガやアニメそしてゲームも例に漏れずです。ゲーム中で展開される必殺技はまさに「見得を切る」そのものです。更に言うと、そもそも必殺技なんて概念自体が海外には無い。ここが邦ゲーと洋ゲーの決定的な違いだと思います。

 某有名業界誌のシャチョーさんが「少年が世界を救うという世界観がウケないのではないか」ともっともらしいことを言っていたけど、ハリーポッターやピーターパンはどう説明するのかなと。

話を戻しますが、日本のゲームが海外で受け入れられないのは単に様式美に対する考え方の違いかと。日本から見れば、手間のかかるカットインやムービーを排除出来る分製作工数も減らせるし、その分作りこみに時間が割ける。羨ましい限りです。

日本のゲーム会社も早くそこに気づいてくれると、海外で売れるゲームが作れるようになると思うんだけどなぁ。エライ人には解らないんだろうな。
久々にゆっくりゲームを楽しんだ。遊んだのは「アンチャーテッド3」。インディージョーンズをモチーフにしたアクションアドベンチャー。

ゲームデザイン自体にはそれほど珍しいところはない。財宝を求めて、敵対するそしきと戦う構図は「トゥームレイダース」でやりつくされているし、謎解き+アクションはゼルダの冒険シリーズの伝統的な手法だ。

ゲームはここ十年以上、新ジャンルと呼べるゲームが登場してない(SNSは除く)。つまり画面上で遊べる方法はもう研究しつくされたと言っていいだろう。「新アイディアで一攫千金」はもう、鉱山に入って金脈を探すより難しくなった。

ここにきて「アンチャーテッド」のようなタイトルが評価されているのは、一重に作りこみの高さ。ユーザーにどんな楽しさを提供するか、どういった難易度が適切かといったチューニングに時間を割いていると思われる。もちろん謎解きはどれも魅力的だが、それは「アンチャーテッド」の一部でしかない。絶妙な難易度設定やムービーの入り方、驚かせるタイミングなど実によく計算されている。

それもこれも、ベースのゲームシステムが早くから固まっているがためにできることだ。前作にくらべて新要素が少ないという感想も聞かれるようだが、そういった考え方自体が古いと思う。ゲームはもう映画と同じ感覚でユーザーから迎えられている。つまり、泣きたい時に感動する映画を見るし、興奮したいときに冒険モノを見るのと同じようにゲームにも同じ事を期待して買う。「新しい何か」などといった漠然とした期待感を込めてゲームが買われることはないのだ。

だから、作り手は自分たちの目指すものは何か? 提供したい遊びは何かを具体的に詰めきっていかなければならない。そのために無駄なものを排除して、大事なものだけを徹底的に磨かなければならない。そうなると、もはやゲーム作りに天才はいらない。愚直に積み上げてさえいけば、ユーザー支持は必ず得られる。

今のゲーム製作に求めれることはそういうことなんだと思う。
石器時代、人間というのは、男が狩りに出かけている間、女は集落の秩序を守る必要があったので男以上に平等を求める性質が身についたという話をどこかで聞いた。

そこでこんな仮説を立ててみた。経済の発展と共に男女の平等を唄う活動もすすみ、女性の社会進出もかなり増えた。と共に女性の収入も増えた。
 しかし、日本全体はというと景気がよくなるどころか悪くなる一方。その原因を女性の収入に求めてみた。批判は甘んじて受けます。

GDPが一向に増えない中、女性の収入が増えるということはすなわち誰かの収入が減っているわけです。そう。男性の収入。正社員としての枠も女性に奪われて(といっても確定ではないでしょうが)しまい、必然的に男の低所得者層が増えた。
 するとどうなるか、男の平均年収が下がり、適齢期を過ぎても世帯を持てるだけの収入を得られなくなった。その後は説明の必要もないでしょう。

 かつて、バブル経済華やかなりし頃は金さえ持っていればデブでもハゲでもモテた。男も指輪や貴金属を惜しげもなく配った。ところが今はどうか? 少女漫画に出てきそうな細面の若者が「草食系男子」と揶揄され、見下されるようになった。
 そして、女性の収入が増えたがそれで潤った業界は日本経済全体からみると極めて限定的で、経済を支えるほどには至っていない。つまり、日本にある富を分散してしまったがために、結婚できる可能性のある男が減り、結果的に未婚女性も増えた。そして、女性の懐に入った金は女性向け高級マンションの家賃などに消え、新婚が新築住宅を購入する可能性を減らした。
 そもそも女性は何でも安く済ませる傾向にあるのでお金があっても安いものを買う。男が「一点豪華主義」なのに対して「安いものを多く」という趣向にある。結果的に世の中の商品もそれにあわせて動いていく。つまり、薄利多売に拍車がかかり自転車操業を促す。

すべてを女性の責任にする気はないが、この仮説はあながち無い話ではないと思う。