K-107 パジャント胸像(ベレニケ) | きょうの石膏像 

K-107 パジャント胸像(ベレニケ)


K-107 パジャント胸像(ベレニケ)      H.79×W.56×D.34cm (ルーブル美術館収蔵 2世紀頃)



この彫像は1957年以降、東京芸術大学をはじめとして、日本中の美術大学のの入学試験に繰り返し出題されてきた石膏像です。中学校・高校で美術部に所属したり、美大受験を体験した人なら、ほとんどの人が知っていると思います

・・・が、おそらく近年まで日本中の美術教育関係者、画材取扱い業者、石膏像製造者の誰ひとりとしてこの石膏像についての情報を持っている人はいなかったと思います。

どんな時代に作られたのか?何かの神話上の登場人物なのか?オリジナル彫像はどこの美術館にあるのか?
私の工房でも、これらの問いに対する答えは一切持ち合わせていませんでしたし、同業者の誰に尋ねても情報を知っている人は一人もいませんでした
わずかに語られていたのが「ハンガリーのブダペストの美術館にある・・」という情報でしたが、これは東欧ということもありなかなか真偽を確かめることはできませんでした

まったく不思議なもので、そんな正体不明の彫像が美術分野の最高学府とされる東京芸術大学の入学試験で繰り返し出題され、受験生たちは必死の形相でデッサンに取り組んでいたわけです。もちろん大学受験というのは”合格”こそが至上命題であり、そんな石膏像の来歴なんてどうでもよい・・というのが本音でしょうけれど・・・

石膏像製造業者も同じことで、美大入試問題として頻出する石膏像であれば、受験生、美術予備校などから大量の需要が見込まれるわけで、彫像の由来など意に介さず鋳型を作り、パジャント像を大量に複製していったのです


そのような状況だったのですが、2013年に美術教育を専門とする荒木慎也氏が発表した研究論文によって、このパジャント像の詳しい情報が明らかになりました



ルーブル美術館収蔵のオリジナル彫像 「ベレニケ」 2世紀頃のローマンコピー (写真はルーブル美術館のHPより)


こちらがオリジナル彫像。頭部のみが2世紀頃製作の古代遺物で、胸部は1600年頃に作られ付加されたものです。ギリシャ時代に製作されたオリジナル彫像をローマ時代にコピーしたものと考えられています

現在のルーブル美術館の目録上では、この彫像は「ベレニケ(Berenice)」と呼ばれていますが、1999年以前は「バシャント(Bacchante)」または「イシス」と呼ばれていたことが分かっており、日本の石膏像の名称「バジャント」はこの「バシャント」が変化したものと推定されています



フィレンツェのウフィッツィ美術館にもほぼ同一の彫像の頭部が収蔵されており、こちらも「ベレニケ」という名称になっています


フィレンツェ・ウフィッツィ美術館収蔵 「ベレニケ」 頭髪の流れが若干ルーブルのものとは異なるが同一の彫像のローマンコピー。こちらも以前は古代彫刻風の胴体部分が付加されていましたが、近年取り除かれたようです




さて、この彫像となっている「ベレニケ」とはいったい何者なのか?

ベレニケとは、一般的に古代地中海に見られた女性の名称で、特に古代エジプト・プトレマイオス朝の女王・王妃を指すとされています。マケドニア朝ギリシャの貴族であったベレニケ1世は、プトレマイオス1世と結婚した後エジプト女王になった人物で、その後の血族にもベレニケ2~4世などがいます

この彫像が、具体的にどのベレニケの姿なのかということは不明ですが、プトレマイオス朝の王族の一人である可能性は高いと思われます。複雑に編み上げられ左右に垂れ下がる髪型は、アフリカ系リビア人を表す図像だとされており、そういった観点からも古代エジプトとの関連性は強いと考えてよいでしょう

またルーブル美術館での旧来の呼称である「イシス」は、古代エジプト神話の中心的な存在であるオシリスの妻です。古代エジプトの王ファラオが、しばしばオシリスと同一視されるのと同じく、その后はしばしばイシスの姿で表現されます。ルーブル美術館ではこの彫像を「イシスの姿で描かれたベレニケ像」と解釈しているのではないでしょうか

Wikipedia内を調べてみるといくつかのイシスの彫像に行き当たりますが、特にローマ時代に作られた彫像には石膏像のパジャント像と共通する要素を持つものが多数見受けられます

イシスは本来古代エジプト神話の神ですが、古代ギリシャではデメテル、アフロディテと同一視されて崇拝され、さらに帝政末期のローマでは全土で広く崇拝されたため、それに呼応するようにギリシャ・ローマ風の姿をしたイシス神像が多数制作されました



ヘラクレイオン考古博物館収蔵 イシス像 180~190年頃
頭髪の流れがクルクルと巻いていて、パジャント像に通じるものがあります



ミラノ考古博物館のイシス像
直線的な顔の表情、髪の分け目、左右に垂れ下がる髪の流れなどが共通


最後に、かつてルーブル美術館で使われていた「バシャント(Bacchant)」という呼称ですが、これは古代ギリシャ神話に登場する酒神ディオニソスの熱狂的女性崇拝者を指す「マイナス(Maenad)」という存在を指すものです。その後のローマ神話上で、ディオニソスがバッカスと同一視されるようになり、マイナスに相当する女性信者のことをBassarids,Bacchae,Bacchantesなどと呼ぶようになりました




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