今日は10月30日 豊洲市場の開場を迎え今日で15日目
いまだに 生理的に合わないは何故かに気付く
重量車両の通過のたびに 床面の縦揺れがある
仲間の医者によれば 気づかぬ人は気づかない
体に感じるが働く人はやがて病になる
早く何とかして豊洲から離れなくては
社員さんたちが病気になってしまう
今日は10月30日 豊洲市場の開場を迎え今日で15日目
いまだに 生理的に合わないは何故かに気付く
重量車両の通過のたびに 床面の縦揺れがある
仲間の医者によれば 気づかぬ人は気づかない
体に感じるが働く人はやがて病になる
早く何とかして豊洲から離れなくては
社員さんたちが病気になってしまう
田崎 晃殿
年号も変わって間もない頃の昭和5年、この世に生を戴き不穏な戦前と混乱の戦後を、粘り強さと生命力の強さで生き抜いてきました。
一心不乱が性に合う、切磋琢磨が性に合う、誠心誠意が性に合う、活路を拓くが性に合う。
先哲遺訓の体現ともいえる、人として素晴らしい生き方が、
今日までを支えてきました。
一生懸命に生きるその姿には、見えぬ力からも背中を押されながら発展する人生を送ってきた事実に、やはり『天』の存在『天の愛』を信じずにはいられない嬉しさを感じます。
『喜んで戴くことの為に働く』その姿は、周囲に感銘と喜びと『お役立ち』をもたらし、血縁である大店からの寵愛を受け、独立の機会を得ました。今日の厳しい経済社会の中にあって、職業人の師範としてお目付け役として、まだまだ周囲には施しを行うべく立場にあったと思う。中小零細のこの業界の中でまだまだ規範としてあるべきだったと思っています。
最後に『行雲流水』(こううんりゅうすい)
ほのぼのと流れ行く秋空の雲のように、
さらさらと行く春の流れの 水の様に、
この世の根源の法則を悟りえた生き方閉じ方が、身近な者達には、
悲しみよりも感銘を与えたこととなりました。
立派な一生だったと思う。
やすらかに
平成27年10月3日
築地 関戸富夫
母の後ろ姿 石福君津様
まだ若い頃。
健やかで気立ての優しい二人の姉妹、利発で元気な兄弟達と、
あなたは手をつなぎ、愛情を込め 育て歩むその後姿を、
思い浮かべさせていました。
母として敬愛の念を集めたことのみならず、
築地魚河岸の名門『石福』、の暖簾を必死で守る
店主であったご主人の良き伴侶として、良き台所役として、
立派に生きていたあなたの昔を 今思い出しています。
「人生は、ただ重い荷物を背負い坂道を登るが如し」の
名言もあります。
が、しかし その決して楽ではない
人の一生の中にも、振り返れば、『家系を磨く』という、
実に尊大なる 天からのご褒美があることを、
あなたに教えていただいた気がします。
母として、女性として人として、
その熱い使命を全うされたあなたの今に
心より 「ごくろうさまでした」
「ありがとう」の言葉を添えて、
お見送りさせていただきます。
ありがとう ありがとう
何度もなんども ありがとう
平成二十一年六月二十四日
梅雨空
関戸富夫