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関戸富夫のブログ

株式会社関富 代表取締役 関戸 富夫のブログです。

会社とは・この世の中では


最も強いものが生き残るのではなく

最も賢いものが生き延びるのではなく

唯一生き延びるのは変化が出来るものである

簡素化=透明化=分権化

報告三原則

トラブルはすぐ報告せよ(叱るな、報告に対してまず褒めよ)

悪いことから報告せよ

嘘をつくな

すべてのコストは顧客が負担

この指とまれ経営(経営理念・理念経営)

神の前に正しく

倫理的であれ

顧客優先・・・・・情報開示・・・・・率先垂範・・・・・スピード

・・・・・再発防止・・・・・事業再構築

日本の営業の常識は世界の非常識

営業にオフィスはいらない(営業は元来、昆虫でいえば『触覚』でなければならない)

営業に残業手当はいらない

営業は出来高払い

生産者主義から 消費者主義へ

売価-利益=コスト

棚卸

良いことだから続ける=良いことだけど出来ていない=すぐにやめた方が良い

尊敬され 賞賛され そして愛される会社になる

=松下幸之助翁に学ぶ 著者 木野親之 コスモ教育出版=

  【 指導者の三六五日 】この時代をいかに乗り切るか!!

      ≪  正しい道は必ず認められる ≫  八月十三日

正しい道は必ず認められるものです。


一時誤解されることがあっても、

長い間にはその正しさが必ず証明されます。

松下幸之助の信念でした。


人類は、

何かを未来へ伝承していくものです。

いいものは必ず継承されていきます。

温かい心は幸せを、

冷たい心が人々を不幸に、

事業を失敗に追い込むのです。


響きあう心が、必ず正道に光を当てます。

昭和40年浦和店開店。その店長館洞勇一君70歳の告別式でした。その下で川原弘平君は経験を積み上げ昭和48年柏店初代店長に就しました。後に実家の跡継ぎのため帰郷(三陸)しました。その日彼は、地震後消防団員6人で一緒に居ました。そこで6人中4人が津波に流される経験をしました。車を捨てとっさに山に逃げた。『日頃からの意識の差』だと言っていた。35メートルの津波は、切羽詰まった事態から、後ろをも振り向かず必死で山をかけ登らせ、逃げきったと思う彼の足元の30センチまで浸した。

男気、奉仕、責任感は人を引き付けます。消防団員の彼とその仲間達には汐が引いてからの時間が重くのしかかっていった。遺体回収整理は、顔見知りではない自衛隊員ではそれが誰だかが分からない。だから消防団員の力がどうしてもいる。さらには損傷が少ないとされる被災者に共通するのは、肉体の突起は擦られ、もまれて耳がない鼻がない。それでも生き残った彼らは、日々これに当たった。 「生き残った者は、これをやらなければ、しょうがないんだ」と弘平さんは思っていたと言った。ことの良し悪しの感情もなく必死で過ごした瞬間の日々。 しかし多くの日々。   壊滅の町。流されなかった家も海水が運んだ砂が、壁の隙間から未だに漏れだす。

行政や多種な地元の意見で未だに家もたてられず。             仮設の夜は真っ暗闇。これが被災者の皆さんの、いつまで続くか見通しの立たない現在の人生。

            川原弘平=(途中から関戸富夫)生活にまったく見通しがつかない日本人もいれば、裕福に気づかないで、あたりまえが不自由と思う日本人がいる。 舞台の大 の差なくそれは私たちの社会、身の回りにあふれている。これが日本の現在社会。我々は足元をしっかり見据えて不景気や倒産危機という、この津波の気配を神妙に感じとりながら、今 改めて流されないを意識する日々を送ろう。

こんなことは報道されない。5日経た遺体の口からは虫が出てくる、それは凄惨な。報道の画面でみていた大きな視点と、現場の小さな視点とのそれまでの認識の違いに、声もでない。臨場の凄まじさにただ唖然とするだけ、そういう話を聞かされました。まさに今の自分の環境に感謝。