午前中は重慶のお客さんを訪問。
昼はすぐに重慶の空港に行って、ラーメンを食べる。
南方航空だったのでラウンジが使えなかったのだ。
ラーメン屋だと思って入ったらなんと上島珈琲だった。
上島珈琲の利用率高すぎ。
夜、ようやく上海に戻る。
「日本人はどう死ぬべきか?」
48ページ
「養老 だいたい本来の仏教では墓というものはないですからね。上座部仏教、つまり日本で言うところの小乗仏教の国のラオスにしろ、チベット仏教の流れを汲むブータンにしろ、墓がないです。」
日本の石の墓はもともと中国発祥とのことなのだが、中国では墓を見ないのはなんでだろう。
110ページ
「養老 (中略)でも、「ボディ」が死んでいるものを指すというのは、江戸時代以前の日本でも同じだった。それがグローバルスタンダードだったんです。なぜ分かるかというと、「体」の語源は「空」だから。辞書にそう載っています。
隈 そうなんですか。
養老 空だから「カラダ」なんですよ。それを「身体」と書くようにしたのは江戸時代から。つまり「空」のもに身が付いちゃった。さらに引っ繰り返ったのが「心身」という言葉です。道元の時代には「身心」って、身が先に来たのですが、今はパソコンで入力して文字変換しても、「心」が先に来ますよ。」
これは面白い話だ。脳についての洞察が深い養老ならではの話だ。
