朝から実家の掃除をする。

あした大規模に家具や什器などを捨てるので、姉の家から一緒に捨てる家具を持ってきたり大変だった。


昼は一兆というラーメン屋でタンメンを食べる。

中華屋なのだが、結構はやっている。でも3月一杯で店を閉めるという。

シェフが体力がもたないのだという。


午後に寺に仏壇を預けに行く。浄土真宗は結構簡単だから良い。

夜はまた姉の家に泊まる。


「この国のかたち 三」 58 家康以前

信長の本願寺と闘ったり、比叡山を焼き討ちしたりしたことは、信長が宗教を恐れず、単に、自分に歯向かうものは叩き潰したということかとおもったのだが、本当のところは、「本願寺とたたかうことは、その影響下にある各地の国人・地侍をたたきつぶすこと―つまり中世をつぶすこと―にあったのである。」と司馬遼太郎は書いている。

「本願寺は、各地の国人・地侍を信徒として、その喜捨の上に財政を成立させて」いて、「本願寺はその影響下の国人・地侍に牒をまわして侍に蜂起させた。」のであった。要するに各地の地侍たちが権力をもってバランスの上に成り立っていた室町からの体制を叩き潰すことに意図があり、単に宗教を憎んだのではないということなのだ。