映画館の思い出+いろいろな写真
アンナミラーズが年末に実店舗を青山で再開する。高輪にあった同店のチェリーパイが好きだっ
たので嬉しい。ポットパイも美味しかったし。
チェリーパイで私が思い起こすのは『ツインピークス』(米ドラマ1990-1991年・2017年)
2017年版ではRネッパーとJ・ベルシーが満足げに頬張っていた。
高校時に観た映画『スターマン』(米1984年)でJブリッジスがダイナーで何かのパイを
ぎこちなくがっつくシーンがあった。映画館を出てから「パイってどんな味なのだろうね」と
一緒に観た人と話した。アンナミラーズ店舗再開でそんなことを思い出した。
ツインピークスしてみた
映画館の思い出を書きます。面白い逸話はありません。いろいろな写真も載せます。
①
90年代前半、20代の頃、当時の勤務先の同僚と「映画を観に行こう」となった。
私は松方弘樹主演『江戸城大乱』が観たかった、同僚は『釣りバカ日誌4』を望んだ。同僚は
時代劇が苦手だったので『釣りバカ』へ。同時上映は『男はつらいよ』だった。寅さんは好きだ
ったが、釣りバカは初めて観た。面白かった。スーさんの甥っ子と釣り船はっちゃんの妹が駆け
落ちをする回だ。館内は笑いが飛び交っていて楽しかった。映画館や劇場や寄席でドっと笑いが
起こる瞬間は好きだ。シリーズ初期、営業3課内での西田敏行と戸川純のかけあいの妙は
心地よい。ある回の三國連太郎と丹波哲郎の絡みは新鮮に映った。
京成金町線の柴又駅前・寅さんとさくら(3月末の写真)兄を見送る妹
②
初めての映画館は『東映まんが祭り』と思う。園児の時に近所の小学生たちと一緒に街の映画館
へ行った。街に映画館があった昭和時代、入館まで長い列ができていて近所の小学生高学年
のお姉さんが手をつないでくれていたことを覚えている。園児の頃は小学生高学年は
大人に映ったものだ。『東映まんが祭り』で今も印象にあるのはアニメではなくてその合間に
あったフィンガー5の実写ショートコメディで『公衆電話利用後に受話器を戻したら、返却口
から硬貨がジャラジャラと大量に出てくる』 そんなシーン。
場内爆笑だったけれど、園児ながら「これのどこが面白いのだろう」と思った。
5月の横浜・山下公園からの横浜マリンタワー
横浜マリンタワーからの山下公園
③
『未知との遭遇』『オルカ』『キングコング』『カプリコン1』初めて映画館で観た洋画はどれか
だろう、と日本公開年を調べたら『キングコング』(米1976年)だった。小学生低学年時。
『カプリコン1』(米1977年)は小学生ながら夢中になった。緊張感が続く陰謀系作品で私が
今も時折に観返したい、色あせない作品のひとつ。緊張から緩和と思わせての再緊張感の場面で
登場したテリー・サバラス演じるポジティブパイロットは好きだ。主役のジェームズ・ブローリ
ン(ジョシュ・ブローリンのお父さん)は当時いろいろな映画で見かけた。
横浜マリンタワーから
5月の横浜・山下公園
④
近所の映画館は、封切り映画→昔の映画の上映→成人映画→90年前後ぐらいに閉館、となった。
高校生の頃(80年代)、成人映画上映になったその映画館で珍しく『キャノンボール』
『ザ・デイ・アフター』リバイバル2本立てがあった。部活の帰りに入った。怖い系団体の怖い
方々がたくさんいらしゃった。タバコをスパスパで座っていた。「あっ・・・」と、最後部の席で
観た。当時のスター、バート・レイノルズの無邪気な演技をタバコ・スパオさんたちの煙り越し
に楽しんだ。
横浜・山下公園
『崎陽軒』さんのシウマイまん
⑤
昨年に書いたことを再び載せます。
80年代、私が中学か高校の頃、街の映画館で『戦国自衛隊』をリバイバル上映があった。
映写技師が2巻目のフィルムを最初に流した。続いて1巻を。
答え合わせみたいな鑑賞になった。
横浜大桟橋と界隈
⑥
スペイン映画『蝶の舌』(1999年)。スペイン内戦直前の先生と児童の交流を描いた物語。
時代背景を巧く利用した秀作の人間ドラマだった。ラストシーンで後ろの席からむせび泣く声が
聞こえた。上映後、席を立ってちらりと後ろをうかがったら20代ぐらいの男性が涙をボロボロと
流していた。自身の境遇や心情と作品が重なったのだろうな。
作品とそれを観る人それぞれの思いは様々だ。
『てんや』さん大船店・初夏ご馳走天丼
一本穴子・大海老・太刀魚・みょうが
湘南モノレール・大船で
いつもありがとうございます。



















