大船を散歩①花と歴史と大船軒
大船フラワーセンター 『大船軒』さん・押し寿し食べくらべ
ろうや柿・小さい実で観賞用 中アジ・小アジ・小鯛
神奈川県鎌倉市の大船、その写真を投稿します。撮影は2023年10月~2024年11月。
大船観音寺 大船駅改札内『濱そば』さんの山菜そば
JR大船駅の笠間口から(早朝) 『肉汁餃子のダンダダン』さん
とろとろゆで豚足
先10月に楽しんだ大船フラワーセンター
玉縄城跡と後北条氏
『玉縄歴史館』玉縄城跡近く『龍寶寺』境内 玉縄城の縄張り想像図
玉縄城跡
JR大船駅の西、柏尾川を渡った大船フラワーセンター先の丘陵にあった城。
戦国時代の1512年、伊豆と小田原を確保した北条早雲が相模国(神奈川県)制覇への
前線拠点に築いた城。三浦一族と長年争った。
戦国・後北条5代の祖 玉縄城主を務めた綱成公。氏は戦国三大奇襲の
ひとつ「川越野戦」で川越城を死守したことで有名
※幟の名は玉縄城主をも務めた武将です。小田原北条五代とは別です。
戦国北条氏が相模(神奈川県)を確保した後も玉縄城は相模と鎌倉の防衛の要として、
北条一族が城主を務めた。堅城で、甲斐の武田、越後の上杉、安房(千葉県最南部)の里見は
攻略を諦めたほど。
1990年、豊臣秀吉の小田原征伐時は龍宝寺の住職が玉縄城主を説得して降伏開城させた。
龍宝寺 境内の、旧石井家住宅・国重要文化財
『龍宝寺』 釈迦如来と脇侍に文殊菩薩・普賢菩薩。
戦国期の玉縄城主を務めた北条一族と源実朝の位牌がある。
上の写真右は、境内に移築保存した江戸中期の家屋・旧石井家住宅。閉ざされた屋内を
ろうそくと同じ灯り具合であろう電球で照らしていた。
「当時の夜はこの程度の灯りで暮らしていたのだな。当然に早寝早起きになる」と感慨。
玉縄城跡へ至る七曲坂
登った先は太鼓櫓(たいこやぐら)跡 そこから望む大船観音
※七曲坂の先は住宅地です。本丸跡は学校です。訪ねる際は配慮を願います。
城宿稲荷神社 『平井家長屋門』鎌倉市の景観重要建築物指定
玉縄城跡のそばを流れる柏尾川は、境川と合流して江の島近くの相模湾に注ぐ。
同城は北条水軍の拠点のひとつとして重要視された。
川を利用した物流も盛んだったのだろうな。
柏尾川 境川河口(藤沢市片瀬) 奥は江の島
ここから北条水軍が相模湾や江戸湾へ出陣
山内謙さんの『海賊の日本史』講談社現代新書で、
『伊勢湾の水軍関係者が戦国北条氏に、期間限定で雇われて北条水軍の一翼を担った。
その一団は後に「契約が切れたので伊勢に帰りたいんですけど」と願った』
的な記述は興味深かった。
JR大船駅 『大船軒』さんのサンドウィッチ
1898年(明治31年)からで駅構内で弁当や団扇、扇子を販売。黒田清隆(第2代総理大臣)の
薦めで駅弁にサンドウィッチを加える。記録に残る限り、日本初の駅弁サンドウィッチで
大ヒット商品に。当初ハムは輸入に頼っていたが自家製造を始める。それが現在の鎌倉ハム。
湘南鎌倉大船軒HPより要約
『大船軒』さん・すけろく寿し やまゆり牛しぐれ煮弁当
おまけ
第18弾・寝台特急テールマーク弁当北陸(JR東日本とJR西日本の許諾商品)
福井県産コシヒカリの出汁シャリ・焼きサバ・福井名物ソースカツ・
福井梅・がんも・里芋・赤巻かまぼこ・紅葉麩・卵焼き
JR東日本NewDaysで購入。右は先週に戸塚駅でみつけた



































