貸し切りバス業界は、2000年の規制緩和で、需要に応じて国が免許を出す免許制から、一定の条件を満たせば参入できる許可制になった。13年度の業者数は4512社で緩和前の2倍近い。競争が激化し、安全が軽視されている。

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朝日新聞(2016.1.19)を転載


長野県軽井沢町で15人が死亡したスキーツアーの大型バス事故で、同業のバス運転手から「業界の構造的な問題が一因だ」との指摘が相次いでいる。過当な価格競争、運転手の過酷な負担、高齢化――。規制緩和による業者の急増で、運転手を取り巻く環境は厳しさが増しているという。

長野スキーバス転落事故

 「格安ツアーはとにかく経費削減。路上駐車で客を乗せ、駐車代を省く。高速道路の料金もルートに応じて上限があり、想定以上に高速を利用して上限を超えると自己負担させられる」

 複数の運行会社でバス運転手を務めてきた50代の男性は話す。今回のスキーツアーを主催した「キースツアー」(東京)のツアーバスでもハンドルを握った経験があるという。

 スキーツアーは冬季の連休などに集中。早朝や深夜の運転、重いチェーンの脱着、大雪によるルート変更など負担が大きい。「遅れた乗客を見落として出発したり、乗客を違う場所で降ろしたりした場合、タクシー代を負担させられることもある」

 睡眠不足で居眠り運転をしたこともある。運転終了後も給油、車内清掃、車両洗浄、日報の記載が続く。「次の運転まで十分な睡眠がとれないことがよくあった」。始業前の点呼やアルコール検査もずさんだという。「スキー場に午前中に到着し、午後に帰京する客を乗せるまで数時間の仮眠の合間に飲酒する運転手もいる」と打ち明ける。

 「お客さんは安さに飛びつくが、料金を下げるには何かしらのリスクがある。いい加減なバス会社もあることを知ってほしい」

 別の50代男性運転手は「仕事で13~14時間拘束され、終了後8時間空けて乗務するが、帰宅や食事、風呂などで睡眠にあてられるのは4~5時間」と話す。大手バス会社に勤務し、運転歴は30年近い。

 「規制緩和後の過当競争で、ツアーの価格を安くするには運転手1人当たりの業務量を増やしたり、高齢の運転手をアルバイトで使ったりして人件費を削るしかない」と指摘する。

 今回、事故を起こした運転手も65歳の契約社員だった。「運転手の激務が改善されない限り、事故はまた起きる」と懸念する。

 観光バスを運転する60代男性は「運転手が独立して小さい運行会社を経営することが増えた。観光客が増え、格安バスツアーに人気が集まって、運転手を確保するために臨時で雇うケースが増えている」と指摘。大型バスの運転経験がほとんどない人が臨時で雇われることもあるという。

 今回の事故では、「キースツアー」が国の基準を大幅に下回る価格で「イーエスピー」(東京)に運行を発注していたことが判明した。

 首都圏のバス会社の社長は「事故後、ツアー会社から『運行料金をこれまでよりも上げる』と連絡があった」と打ち明ける。ただ、ツアー会社は「『(あなたの会社に発注するための)手数料』も上げる」と告げたという。求められたのは事実上のキックバックで、「結局、バス会社の収入は変わらないんですよ」。

 業者の乱立で、基準以下の料金でも受注するバス会社は多いという。「基準以下の仕事も受けないと会社がつぶれてしまう」と社長は嘆く。

貸し切りバス業界、安全軽視の風潮

 貸し切りバス業界は、2000年の規制緩和で、需要に応じて国が免許を出す免許制から、一定の条件を満たせば参入できる許可制になった。13年度の業者数は4512社で緩和前の2倍近い。競争が激化し、安全が軽視されている。

 7人が死亡した12年の関越道ツアーバス事故を受け、国土交通省は安全コストを上乗せして運賃の最低基準を引き上げた。だがその後も基準を下回る安値で受注したケースが、全国で少なくとも11件確認された。国交省の担当者は「安値でもバスを遊ばせておくよりまし、と考えているのでは」とみる。

 規制緩和で参入した零細業者も目立っている。従業員が30人以下の業者が88%を占める。正社員の運転手は12年で70%と、10年間で20ポイント落ち、年収低下につながっている。運転手の6人に1人が60歳以上で高齢化も進んでいる。

 交通技術ライターの川辺謙一さん(45)は「バスは運転手の力量や健康状態によって安全が大きく左右される。人のミスをカバーできる自動ブレーキなどの装置や、会社の安全体制を乗客がチェックできる仕組みの導入が必要だ」と話す。