春の田んぼ | 香散見草

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三者三様徒然記+
~テーマごとに綴る三人の随筆PLUS ONE~

【春】【eonn】 

 春になると、一面のレンゲ畑が家の周囲に出現する。もちろん現在の関東のことではなく、今から30年前くらいの私の故郷のことである。家の周囲の田んぼには、田植えをする前にレンゲが植えられていた。暖かくなると、あたりはピンク色の風景になる。そうなったら、田んぼは近所の子どもたちのかっこうの遊び場に変わる。

 レンゲの花は摘み放題だ。レンゲの茎の真ん中を繊維に沿って縦に裂いて、別のレンゲを通す。これをどんどん繰り返すと、レンゲの首飾りができる。なにより楽しい遊びは、レンゲの上に身を投げ出して、人型を作ること。レンゲは密集しているので、ふかふかでちっとも痛くない。満開の花の中に倒れ込むのは楽しい。今の時代だったら、農家の人に怒られそうな遊びだが、当時は誰も何も言わなかった。

 やがて春が進むと、一面のレンゲは耕されて水が引き込まれ、田植えが始まる。今度は一面の緑の絨毯だ。ピンク色から緑へ、田んぼの風景は移っていく。

 今は田舎も子どもが遊べるほど、レンゲを植えている農家はない。緑の前にピンクの時期が挟まることはないのである。あのピンクの風景はもう見られない。