幸福論 | 歌舞伎ライター 関亜弓「そば屋のカレー日記」

歌舞伎ライター 関亜弓「そば屋のカレー日記」

俳優、ダンサー、歌舞伎ライター関亜弓による大衆向日記です。

バレエを始めた幼少期は素敵な衣裳に身を包んだプリンセスに憧れていた。

眠りの森の美女のオーロラ姫、くるみ割り人形の金平糖の精・・・輝くティアラにきらびやかなチュチュで優雅に踊ることこそがバレエ。それを目指してレッスンに通っていた。

ところが小学生になった頃、衝撃の舞台を観てしまった。


「春の祭典」という、肌色のタイツの男女が出てきて激しく妖しい動きを展開する作品だった。

今まできらきらしたおとぎ話しか見てこなかった自分には刺激が強く、戸惑ったことを覚えている。

それでも目が離せなかった。

なぜなら想像の域を超えるほど美しく強靭な身体性を持った人(人間離れしていたけど)がいたからだ。

それこそがシルヴィ・ギエムだった。

ダンサーであり、演者であり、女性であり、人間。
憧れるというのも甚だ恐縮してしまう位のひとだ。

そんな彼女が2015年を以て引退することを決めた。

ギエムは完璧な身体、演技力、テクニック、高貴さ、そして「知性」を持っている。
50歳という年齢でそれらが衰えるような予感は全くしなかった。

現にファイナルツアー「ライフ・イン・プログレス」は圧巻だった。
ギエムの信頼するパートナー達、アクラム・カーン、ラッセル・マリファント、そしてマッツエックとの歴史を物語る、そして最後まで挑戦を続けるプログラム。
余力を残して(いるようにみえる)去るのは彼女らしいと思った。
彼女は常に、最高地点を自分で選択し決定することが幸福なんだと思う。

なぜギエムに魅かれるのか。
これは今の自分の志向と重ねあわせた後づけかもしれないが理由の一つに、ツアーの最終地に選ぶ位彼女が愛するニッポンと、自分が切り取りたい日本が重なるからだと思う。以前彼女がルパージュとマリファントと創った「エオンナガタ」を観たときもそう感じた気がするし、ギエムが「日本人はその美意識を保てるかしら?」といっていたことにぎくりとしたことも忘れられない。
100年に一度のダンサーであり、無意識に伝統や自国の文化についてまで考えさせてくれるシルヴィ・ギエムからこれからも刺激を受け続けるだろう。







「ダンサーとしてのギエム」と、「2015年」とお別れするのが同じ日だったから
こんな締めくくりになってしまった。

という訳で2015年総括。

今年は(も)色んなことがあった。振り返れない位
心と身体がばくばくにやにや忙しかった。
具体的なことは挙げない代わりに先日、大学時代特に仲が良かったゼミメンバー二人と久々に集まって話をした時のことを。

近況報告、
仕事のこと人生観と実に幅広い話が出た。

何気なく、幸福ってなんだろうということから、アランの「幸福論」について話題が及んだ。そして自然と歌舞伎についてあつく語ってしまった。
「あみちゃんはアラン的にいわせればすっごい幸福なんだよ!」
とすごくすごいく有り難い言葉をいただいた。

理由無く好きなもの、自分の中でとどめておけない位好きなものがある。
それは本当に幸福なことだ。

今年もそうだったように、来年もそれに感謝し、信じて突き進むしかない。



あと健康。

「一歩間違えればここにいない」そういわれ、経験したことには意味があると思う。

生きていればなんとかなる。



幸福論は最終的にこの歌詞にたどりつく










「生きているという真実だけで幸福なんです」








2015年もありがとうございました。