それは36,000の値札をつけていたけれど、
ショーウィンドウの中にあることが不思議に感じるほどに
私の頭の中のイメージと同じものが、そこに存在していた。

私の長い「欲しい物リスト」の中に、
服やアクセサリーが入ってくることは滅多になくて、
特にアクセサリーにおいては
ただの一つも持っていなかった。

私にはあの輝きのない銀や
玩具のような腕輪やピアスたちに興味を持つことが
どうしても出来なくて、
その女性としてはひねくれているセンスのせいで
結局装身具を身につけることなく10代を過ごし、
そして20代の半ばに差し掛かっていた。

渋谷駅のデパートなんて
1年に一度くらいしか行かないのに、
その日は何だか呼ばれるようにエレベーターを上がって
「ジュエリー」という
グラマラスでゴージャスな外国人女性の名前みたいな言葉が
書かれている階で、引きつけられるように降りると
プラチナやダイヤモンドの輝く美しいショーウィンドウの中で、
それははじのほうに静かに置かれていた。

(あ、これは「運命」ってやつだ)

運命とは、選択肢のないことだと私は思う。
何かに、誰かに出会ってしまった時に
避難経路の扉が全部閉まってしまうことだ、と。

逃れようも無いその空間の中は
息が吸えればそれだけで天国のような場所だし、
ひとたび問題が起きれば息も出来ない地獄へと変わる。

36,000という値段は決して安くはないけれど、
幸運なことに買うことの出来ない値段ではなかった。
でも例えばこれば1000,000という値札を下げていても
「運命」という力には逆らえないんじゃないか、と思う。

そんな風に想って、私はバンドを始めた。
clubEARTHを作るために
19歳で1000,000円の借金を抱えても、
何の不安を感じることも無く。

(何て綺麗なんだろう)

それは金の華奢なチェーンに
折れそうな細い三日月がかかったネックレスだった。

三日月には目をこらさないと見えない都会の星のような
本当に小さなダイヤモンドが3つ光っていた。

(これを1日中身につけていられたら)

愛しい恋人を触る時のようにそのネックレスを眺めながら、
私はこの美しい金の装身具を身につけた、
裸になった自分の姿を想像した。

成熟した豊満な女性の身体にもなれず、
男性のような逞しい肉体も持たない、
子供のまま時が止まった自分の身体。

何年間も愛することが出来なかったこの未発達の身体でも、
少し愛していくことが出来るかもしれない…

そんな風に想像した。
その希望があまりに眩しくて、目を細めた。

服に合わせて変えるような、そういう類いの付き合い方じゃなく、
ほとんど身体の一部のようになったら良い。
お風呂に入る時も、眠る時も外すことのない、唯一無二の装身具。

「お似合いですよ」

店員さんの恒例の賛辞をクールに聞き流し
(だって、ここまできたらたとえ似合わなくても買うのだから)
私は一寸の迷いもなくクレジットカードで購入した。

深い紺色の小さな箱の中にそれを入れて貰って、家に帰った。

帰りながら箱の中には成長期に男女の身体の仕組みが変わっていく時の
あの秘密の期待のようなものが入っているような気がした。

部屋につくと鍵をかけて、
中学生の時に初めて男の子とデートした日のように
私は鏡の前でくるくると自分の姿を見ていた。
こんなことは一体いつぶりだろう?と嬉しくて笑った。


さて、首には新しく「自分」の仲間入りをした
お気に入りの三日月をつけて、
本日名古屋でツアーファイナルです。

短いツアーだっったけれど、
とても楽しかったから、今とても寂しくて、
この衝動をライブにぶつけたらどうにかなっちゃうんじゃないかと
思いながら、もうどうにかなっちゃえば良い!とも思いながら、
楽屋でピアノの前に座れる時間を楽しみにしているところです。

今出来ることを全部出し切ってこなくては。
ツアーファイナル、行ってきます!