もつ鍋を食べ終え時計を見ると、時刻は22時だった。


私たちのライブチームは次の日に続けてライブがない場合、
公演後はチーム全員で「打ち上げ」をする。

先日の広島公演のあとも例によって
お酒を飲むために20人ほどのライブチームが集まり、朝まで騒いでいた。

でも男ばかりのライブチームと
これだけ長い間一緒にいると、思う。
男の人ってみんな…みんなね…(蔑)


数時間後、眠い目をこすりながら
昼前に広島から福岡への新幹線に乗って、昼過ぎに福岡に到着してから
数本のラジオ番組の生放送や収録を終えて、それから「もつ鍋」を食べに行ったのだ。

長い一日だった。
しかしまだ時刻は22時。

かなり疲れていたけれど、こんな時間に眠ってしまうと
私は大体日付が変わる頃に目が覚めてしまうので

仕方がない、可愛いランニングウェアも買ったことだし
少し走ってこようかな、とホテルを飛び出した。

(確かあっちの方に川が見えたから、
川まで行ってみよう。)

(帰りはiPhoneのナビで検索すれば大丈夫。)

そう思いながら闇雲に福岡の街を走った。東京の街と何も変わらない、賑やかな夜。

イヤホンではLinkinparkのアルバム「Meteora」を聞いた。

13曲目の「numb」が流れると、叫びそうになった。

-I'm becoming this all I want to do.
Is be more like me and be less like you.-
(僕は自分のなりたいようになるんだ。より自分らしく、より君から離れて)

走りながらどうでも良いことを考える。例えば、自由について。

直感や本能に従って生きることが自由なのか、
または欲求を自分が支配して
全て理性で選択していくことが自由なのか、など。

いやいや、それは二者択一ではないだろう…
「自由」とは理性と本能のどちらものバランスを上手に取ることで、
上手なバランスというのは、その二つの間で心が最も開放的になれるポイントにいることなのだろう、と想像する。

でもこんなことを考えたって何の役にも立たないし、
偉そうに何を「ないだろう…」とか考えて馬鹿じゃん、と思いながら

「バランスを取ることが『自由』なんて、何かしっくりこない」

と頭は勝手に続ける。

じゃあ「君が嫌がることはしたくない」と理性が感じている時に、
「君が嫌がることだと分かっていながら、したい」と本能が反応してしまったら、一体どうしたら良い?

こんなことはどんな状況下にだって起こる。

制作時に私となかじんの間にだって起こるし、
私たちのバンドのスタンスとみんなの期待の間にだって起こるし、
例えば恋愛や家族や友達との中にだって起こる。

数えきれない世界との関係の中で、
理性と本能の声を静かに聴きながら
心が解放出来るところのバランスを取っていくことが自由とは言えないのか?

でもそれでも未解決な気分は快方へ向かわない。
「バランス」という言葉が「自由」に何となくしっくりこないのは
これから先にまだ見えていない
本当に自由な世界が存在する予感だったりするのか……

そうだとしたら、それはそれで楽しみな気がするなあ……

なんて、そういうどうでも良い「自由について」を頭に巡らせながら走っていたら、気づいた時には全然よく分からない場所に出ていた。


(そろそろ戻らないと、携帯の充電も残り少ないし)

(ナビに入れれば戻れるでしょう)

(えーと、◯○ホテルと。OK、15分)


そこからナビの通りに15分、走った。

時刻は23時15分。

ホテルのエレベーターで見た広告に、
「当ホテルのお風呂からは100万ドルの夜景が見える」と書いてあったので
最終入場の23時40分までにホテルには帰りたかったのだ。


(ふー。着いた…?)

(でも何か様子が違う…?)


到着した場所は、ホテルに違いは無かった。
ナビが「着きました!」という感じで点滅するので
不信感を抱きながらも建物の周りをぐるっと一周してみると、
1階ごとにコンセプトの違う内装が売りのラブホテルである、ということが分かった。

まるでアミューズメントパークのようなそのホテルを
じろじろと眺め、(へー…こんな値段なんだ…)とついでに社会勉強し、

一体どこでナビが間違ったのかと携帯を見直した。


携帯は真っ暗だった。


(おーい!何とか言って!)


(えっまさか充電切れちゃったの…?)


(ちょっとー!こんな不安な場所に私を置いて行かないでー!)


右も左も分からないラブホテル街に取り残された私は、迫り来る妖しい雰囲気のカップルを何組も通り過ぎて、
兎に角人がたくさん居る場所をめがけて歩いて行った。

時刻は23時40分。

泣きそうになりながらホテルの名前だけを頼りに地元っぽい人々に声をかける。


「道に迷ってしまって、◯○ホテルってご存知ないでしょうか?」

「ホテル?ホテルは分からないですねー」


確かに私も地元にあるホテルの場所なんて一つも知らない。

走るのに邪魔だから、とお水を買う為の500円玉しか持っていないので、タクシーにも乗れない。


(帰りたいよー!誰か助けてー!)


(ここどこー!)


挙動不審な行動を取っているその時、後ろで声がした。


「どしたの、何か困ってんの?」


可愛い顔をした居酒屋の男の子が現れた!推定20歳!


「あの、◯○ホテルに帰りたいんですけど、道に迷ってしまって…」


「あーそれなら■を抜けて、▲通りをまっすぐ行って、
一つ目の信号を右に曲がって、そのまま真っすぐ行くと駅を越えるんで、
その少し先の茶色い建物がそうですよ」


「………!!!」


ぱっと道を説明出来る男の子ってものすごく格好良く見えるもので、
年下の男の子にちょっぴりトキメキながら

「ありがとうございます!!」と固く握手をかわした。

男の子は「気をつけてねー」と笑顔で手を振ってくれた。

あれは女の子から絶大な支持を得ていることだろう、と余計なことを思いながら、彼の教えてくれた通りに走った。

24時10分、◯○ホテル到着。

本当に着いた!と、あの男の子の支持に私も1票を入れた。

何だか随分長い1日だった。気を失うように、ぐっすりとよく眠った。


次の日、福岡公演のあとに100万ドルを拝みにお風呂に入りに行った。

お風呂の窓は磨りガラスだった。
外が全く見えないことに呆然としていると、窓には小さく「開けないで!」と書いてあった。

福岡の街を理解するにはまだ時間がかかりそうです。また来年行きます。