リハーサルスタジオからの帰路。

私たちは年始に仲間たちと5年のローンで購入した、
8人乗りの中古車で家へと帰るところだった。

車内から東京の街並を眺めながら、この数日間のことを想う。
自分そのもののような哲学が、
時に壁となって自分の前に立ちはだかった一日のことも。


そのうち私はふと思い出したフレーズが
何のことだったのか思い出せなくて、メンバーに話しかけた。

車内ではDJ Love選曲による
The BLUE HEARTSの「TRAIN TRAIN」がかかっていて、
ここのピアノが好きだ、と仲間たちが話しているところだった。

「なかじん、質問していい?」

「んー?」

「村上春樹さんのね、
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の中に出て来る描写の中で」

「うん」

「『まるで小さな子が窓に立って雨ふりをずっと見つめているような声』…っていうのが出て来るの」

「へー。うん」

「それがね、どっちか分からなくなっちゃって」

「どっちか、って?」

「『ボブ・ディラン』か『ボブ・マーリー』のどっちかなの。
私はどちらも聞いたことがないから、どっちだったかなと思って」

私は音楽をほとんど聞かずにミュージシャンになった。
でも、とても好きなのだと思う。特に最近は。


「あー。それはボブ・ディランじゃない?」

「ボブ・マーリーではない?」

「多分ね。ボブ・マーリーに『小さな子』はないと思うよ」

そう言って、なかじんは自分のipodを車に接続して
ボブ・ディランをかけてくれた。


Blowin' in the Wind-


ボブディランの声と、車の走行音に消されそうなギターの音は
聞いていると、頭から心配事が遠のいていくようだった。

「東京にいることを忘れそう」

私は、ボブ・ディランをかけてくれたなかじんに
そんな感想を言った。

それから遠い街の中で、絵でしか見たことのないような街の中で、
ここ最近眠れなくて悩んでいることも武道館公演を控えていることも全部忘れて
今日のお昼ご飯は何を食べようかとか、そういうことを考えながら
たった一人で暮らすことを想像した。

一人で暮らしたい訳じゃなくて、
ボブ・ディランの声はそういう声なのだ。


それからclubEARTHで何度も見た映画、
大好きな峯田くんが出ている
「アイデン&ティティ」のエンディングになっていたLike a Rolling Stoneを聞いた。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドの最後に
車の中でかかる「激しい雨」という曲を聞いてみたいとリクエストしたけれど
それは入っていなかった。

調べてみたら1963年に発表されたボブ・ディランの2作目のアルバムに収録されていた。
本の中で「聞いた」CDを買いに行くのは、
休日を1日使っても良い、素敵なことだと思う。

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車内で一瞬だけ忘れていた以外は
ここ数日間、武道館公演のことばかり考えていました。
昨日、準備がようやく終わりました。

私はもともと武道館への思い入れはあまり無かったのですが、
1万人の人が来てくれるステージへの
出来る限りのことをやってきたと思っています。

演出のために私が一体どれだけヘンテコな準備をしてきたかも、
早く笑いながら話してしまいたい。

心が高揚しています。
ボブ・ディランも立ったステージ。

楽しみにしていて下さい。武道館で会いましょう。