横浜アリーナに着くと、その広さのせいか

「ようこそ ボリショイサーカス」のたれ幕がかかった門のあたりは、閑散としていた。


「あれ、ま・・またかな」


団長と私が一緒に出掛けると

どこへ行っても人が少ない、というのが数年の通例であった。


私が高校生の時、一緒に植物園に行った帰りに

少し歩こう と工場地帯の方へ足を向けてから

4,5時間人っ子ひとり すれ違わなかった という事がある。


これは異次元ファンタジーか。

人がいないというだけで 光が極端に少ないというだけで

こんなにも世界は現実味を失ってしまうのか。


奇妙な浮遊感だった。


「向こうに何があるのかな。陸橋にのぼってみようよ」


行き止まりになっている場所の向こうに何が有るのか、

工場全体に降り注ぐ闇の中ではほとんど判断する事が出来なかった。


不安と好奇心が入り混じって

さながら探検家、ドキドキしながら陸橋を登る。


「あれ、向こうもまっくらだね。」


「平地?何かあるのかな」


高い場所にある陸橋の真下から続く闇を眺める。


会話が途切れたその時、かすかに聞こえる音。


ざざーん・・ざざーん・・



一瞬の、息を呑む時間が空いた。


「・・あ・・」


「・・海だ・・」


私たちの遥か下にある地面から延びる漆黒の影は

ただただ まっくろな闇を注いだ 海であった。


いのちの光も、優しいさざなみの音も無い 冷たい海であった。


「か・・かえろ、もう」


私は怖くなった。

団長は少し黙っていた。

世界を吸収しているようにも見えた。


生命の無い世界。




「あれは、人がいないなんてレベルじゃなかったよね」


「そうだな」


昔話をしながら、会場の扉を開ける。

そこには、クマが居た。

椅子にすわり、子供の横で静かにポーズを構えて。


続く