おはこんばんにちはお気楽です。
18歳の夏の今頃は、トラックの荷台に満載した氷を、三浦海岸の海の家、レストラン、ホテルetcに
配達してました。
青春グラフィティのテーマで、これまで、散文的に書いてましたが、その時代を正面から
書いた事、なかったんですが、前々回のブログで、18歳の事を、ちょびっと、書きましたが
緊急事態宣言で、ブログネタ、枯渇気味なので、本当の青春がくる直前の大学時代、最も、地味だった
18歳の事を、書く事にしましたよ。
作家のご令嬢で、学習院大学の森村桂さんのような、お嬢様と違い、ボンビーな大学生でした
この本は、吉永小百合さん主演で映画化されたと、聞いたかもですが・・・
森村桂さんの映画化作品で、有名なのは、この作品ですかね?
映画は見てませんが、原作は読みましたよ^^
海外旅行が珍しかった、1960年代に、最初の日本人として訪れた、ニューカレドニアの一人旅
当時、大ベストセラーだったそうです。
お暇な方、お忙しい方、暗い青春時代だった方も、ゆっくりしていってね。
以前、ブログに書いたとおり、偏差値・54 のアホ受験生だったので、滑り止めのお気楽大学に
かろうじて、滑り込み ↓
高校の卒業式も無事終わり ↓
二食(日曜を除く)、風呂・トイレ共用で、家賃・17000円/月 の下宿も決まり ↓
4月10日の入学式、オリエンテーリングも終わり、若大将のようなセレブのキャンパスライフを
送るには、クラブに入って、ダンスパーティーだ~
若大将シリーズでは、必ずダンスパーティーのシーンがあったので、大学生はダンスパーティ
毎日、開いてるんだと、そう思いこんでいました。
高校時代打ち込んだ、卓球部も見学に行きましたが・・・・若大将シリーズの運動部とは、なんか違うので
帰宅部にしようかと、思ってたら、知り合ったばかりの藤井君に誘われ、電気工学研究部に入部・・・・
2年から本格的に始まる、電気工学実験レポートで、毎晩徹夜するそうなんやけど、
電気工学研究部に保存されている、、先輩達の実験レポートを写せば、ラクチンだよ
と藤井君に、口説かれたからなんですよ。
秋の文化祭・・射撃部・模擬店で談笑中の藤井君(右)
藤井君は、明治大学付属中野高校・射撃部時代インターハイ出場経験者・・・・だったので
二ヶ月後、射撃部にスカウトされて・・・バイバイ
藤井君、インターハイ選手でしたが、学業がイマイチだったので、明治大学へ行けず、
一浪後、お気楽大学に入学しましたが、中堅電機メーカーの御曹司だったので、
若大将シリーズの青大将みたく、真っ白なビートルに乗って、通学してました。 ウラヤマシカ~
1970年代のフォルクスワーゲン ビートル(Net画像より転載)
ちなみに、入学時、電気工学研究部部長だった森さん・・・2年後、藤井君の会社に入社・・・・
藤井君、森さん・・・今でも息してるんやろか?
電研・木崎湖合宿・黒部ダムでの、 左から、森山君・上野先輩・川原君・森先輩
上野先輩は、卒業後通信教育で教員免許を取得後、地元千葉県の小学校教師に
焼売みたいな顔の、川原君(制御工学科)は、崎陽軒に入社し、製造部長を最後に定年退職
森山君は三菱電機営業課長の内示を蹴って、社内結婚した奥様の実家の家業を継いで、脱サラ・・
(あのままサラリーマンしてた方が、生活楽だったかも? と、言いてはりました。)
一昨年、那須の別荘を売却、会社を整理した跡地にマンションを建設して、今はマンションのオーナー様
写真のみんな・・・若かったな~
が・・・大学受験時、適当な理由で機械工学科、土木工学科、電気工学科を受験してるので
このあと、出てくる、高校の3年先輩・八代さんに、電気工学科なのに、TVの修理もできないのかと
言われた、お気楽なので、子供の頃から、ラジオetc作ってた、電研メンバーの話はチンプン・カンプン
だったので、週一の活動で部室に行っても・・・すぐ抜け出して、ロケット研究部、音響研究部の
部室で、お茶するほうが、多かったです~
ロケット研究部は数年前、ロケット燃料製造中の爆発事故で、部員が亡くなったので、危険物の
取扱が禁止され、半ば休部状態
火薬、液体燃料がダメでも、ガスなら、いいんじゃね
という、屁理屈で部活の延長でガスロケットの研究をしてたのは、航空宇宙学科の高石先輩
新幹線の父と言われた、第4代国鉄総裁、元愛媛県知事の孫の、高石先輩と、知り合えましたよ
某メーカーから、数十万で、販売されてる、アンプ、スピーカーを設計してた、音響研究会の奥村さんは、
アイドル歌手の奥村チヨさんの弟だったので、色紙にサインを頼んでました^^
日の出荘(下宿)は、完成直後で、一年生しか、入居しなかったんですが、36人も入居した
大規模な下宿だったので、電気・電子・通信・原子力・金属材料・建築・土木・動力機械・精密機械
生産機械・工業化学・経営工学・光工学・航空宇宙・海洋土木・船舶工学・社会体育・数学・化学
日本文学・史学・広報・英文・政治・経済と、7割程の学科の学生が、入居してました。
下宿生活の話題も沢山ありますが・・・その話は、またいつか・・・
ということで、大学生活にも慣れて、生涯の友となる友人達とも知り合いました。
後列左から、山田君、中村君、森山君、新倉君、山口君
前列左から、比留川君、お気楽(卒業式より)
留年した、貉沢君は写ってまへん
GWも終わり、下宿生活、大学生活etcにも慣れて、ガールフレンド欲しいな~と
周りを見渡せば、電気工学科240名(札幌校舎、福岡校舎の120名と一緒に学ぶのは3年生から)
なのに、女子学生は”0” は許せるとしても、湘南校舎で学ぶ16千人ちゅう女学生は僅か600人
文科系学部のブスな女子大生(スンマソン)でも、取り巻きの男子をゾロゾロ連れ歩いてるので
工学部のお気楽達は指を咥えて見てるだけ~
高校時代は、男子:96名、女子:192名 だったので、天国がら地獄へ来た気分
映画の若大将シリーズのように、ダンスパーティー、合コンとか・・・楽しい話がナ~ンモ・アラヘン
若大将シリーズの画像より転載
ダンスパーティーの招待券を貰うようになるのは、2年後でした。
電気工学科のゼミが同じの森山君はESSに入ったので、毎週、女子大と合コン三昧で
彼女が次々に出来てる・・・自慢話を聞いて・・・・地団太踏んでました。
合コン三昧の森山君・・・ESSは、週3回の部活、昼休みは、食堂の一角に集合して、英会話の練習して
半年もすれば、英語ペラペラ(あくまで、お気楽がそう思っただけですが) 横浜からの通学も大変なので
秋の文化祭を最後に、電気工学研究部に入部して・・・すでに40年以上の付き合いですよ
ということで、夏休みに田舎へ帰って、三浦海岸の海の家で、バイトして、ビキニのオネエチャン達を
軟派するしかない・・・と思って、夏休みを待つことに・・・・・・
サービスカットです^^(Net画像より転載)
6月になり、森山君、貉沢君から、夏休みは北海道周遊券で、二週間の北海道旅行を誘われましたが
ボンビーなのと、北海道旅行より、ビキニのお姉ちゃんと知り合いたいので、お断りしました。
二人が、函館山の夜景見物時、年上のお姉ちゃんに軟派されたのを、9月に聞いて、後悔しました
今でも、二人からは、なんで、北海道旅行来なかったと、酒の席で言われてます。
ということで、7月10日から夏休みなので、三浦三崎の実家に帰省して・・・
翌日、三崎高校3年6組時代の浪人生達が、予備校帰りに集まって勉強してる
横須賀青少年会館へ行くと、現役合格組の小沢君(明治学院大学)、山代君(関東学院大学)から
海の家のバイト誘おうと、お気楽の実家に電話したけど・・・返事がなかった・・・
海の家のバイトは、6月には、募集終わってると言われ・・・ガックシ
翌日、一人で三浦海岸駅に降り立ち、バイト捜してたら、漁業組合で、バイト募集中と聞いて
漁業組合へテクテク
そのバイトは、冒頭で書いた、氷の配達でした。
バイトのメンバーを紹介されてビックラポン
実家から30m先の高校の3年先輩の八代さん(亜細亜大学二年生)
同じく、八代さんのお隣の、幼馴染の松崎さとし君(関東学院大学一年生)
松崎君とは、さとしちゃん、かずちゃん と呼び合って、遊んでましたが、
小学校卒業して、中学、高校、大学は別だったので、6年振りの再開
さとしちゃんの、弟が、三崎高校卓球部の2年後輩だと、この時知りましたよ。
3年になって、部活辞めてたので、松崎君の弟が入部してたなんて、知りマヘンでした
ということで、翌日から、AM08:00~PM4:00までの休日無しのバイト生活が始まりました。
AM8:00に漁業組合に出勤して、20畳程の冷凍庫から、32貫(128Kg)の巨大氷を、取り出して、
電動ノコギリで、4貫(16Kg)に切断後、3台の軽トラックに満載して
2時間かけて、海の家、売店、レストランへの配達
これを、朝、昼、午後と3回繰り返しです~
当時の三浦海岸ですが・・・ご覧の通り激込みだったので、海の家の前まで、車が入れず
手搬入だったので、手のひらの皮、二日で剥がれ、豆だらけになりました。
小沢君、山代君のバイト代時給が ¥200円に対し、お気楽の日給 ¥2300円と
破格だったので、許してやりましたよ。
20畳の冷凍庫の氷、二日で完売なので、二日に一回は、製氷工場から、大型トラック、数台で
配達された、32貫の氷を、冷凍庫に搬入する重労働だったので、
バイトが終わる、8月20日までの38日間で、体重 6Kg 減
お金貰って、減量させて頂きました。
手首や、腕が太くなり、時計のバンドも1cm以上長くなりました~
そんな重労働だったので、三浦高校のバイト君が、32貫の氷を倒す時、不注意から
自分の右つま先に倒して・・・指先がみるみるうちに3倍に腫れ上がり、救急車を呼ぶ事態に
配達先の海の家に、行けば、目の前の特設ステージでは、山本リンダさん、安西マリアさん
安部律子さん、岡崎友紀さん達が、ビキニ姿で、日替わりでコンサートしてるのを、横目に見ながら
真っ黒に日焼けして、汗だくで氷を配達する毎日・・・・
海の家でバイトしてる、小沢君、山代君が、お客様のお姉ちゃん達を軟派したり、されたりしてる
話をイイダナ~ と指を咥えて聞いてましたよ。
夏の日の恋は、秋で終わるとの諺の通りだったようですが・・・・
ケシカランのは、山代君
横須賀の青少年会館で、受験勉強中の、三高の同級生達に、コーヒーをご馳走する約束を果たす為、
バイト後、京急に乗ったら、配達先の海の家でバイトの女子大生二人と一緒になり、お茶した事を話すと
山代君:同じ大学なので、二人を紹介しろ
数日後、二人を紹介したら・・・・3年も付き合う事になるとは、知る由もありまへんでした。
海の家のバイトの女子高生が、男を捜しにバイトしてる・・・と仰ってたのを聞いて驚きましたが
二人のお姉ちゃんも、男を捜してたんやろか?
えっ・・・・女性に飢えてた、お気楽が、軟派しないで、なんで、山代君に紹介したかって??
お気楽、デブ・痩せ・、ブスには興味なかったんですよ・・・・・
朝から、夕方まで、真っ黒になって、氷配達して、暗い青春の夏休みを満喫ちゅうのお気楽に
果たして青春がくる・・・んでしょうか?
次回へ続く