富増章成★のんびり勉強たまにマンガ

富増章成★のんびり勉強たまにマンガ

著者:哲学入門などの本を50冊くらい書かせていただきました。現在も執筆中です。お仕事の依頼は、XのDM・アメブロのメッセージでお願いいたしますm(_ _)m

日本では、ほぼ絶望的に流行らない分析哲学でしたが、最近、光が見えてきたようです。

 

これです

↓

 

 

タイトルには、はっきりと書いてはいませんが、

 

「分析哲学の方法で食を論じる分析美学入門」

 

ということです。

 

「美味しい」とは何か

「美しい」とは何か

…

などいろいろ概念分析できる哲学なので、

これから、いろんな「分析美学」から流行りそうです。

プラトンの『国家』第10巻では、「イデアの模倣の模倣」という話があります。

 

①イデアとしての寝椅子(これがホンモノ)

②職人が作る個々の寝椅子(イデアの模倣)

③画家が描く寝椅子(その模倣の模倣)

 

だから、マンガは④その模倣の模倣の模倣になります。

 

プラトン的にはイデアからかなり離れていくのですが、現代ではこれが人気です。

 

プラトンは、芸術が理性ではなく感情に働きかけるのを注意した方がいいと考えたわけです(理性が中心の時代だから)。

 

今は、どっちかというと、「おもしろいこと」が求められますので、感情が重視されます。

 

「イデアの模倣の模倣の模倣」くらいがちょうどいいのです。

★イデアを考えるの大変だから…

 

 

 

その前に、分析哲学では、どのあたりまで「分析」をするんだ?の疑問が大きく二つに分かれています。

 

 

① 知覚によって得られる単純概念

これは感覚で直接与えられるものです。

  • 色:赤、黄色
  • 味:甘い、苦い
  • 触覚:熱い、ざらざら
  • 音:高い、低い

これらは定義できません。「赤とは何か」を、赤を見たことのない人に言葉で説明しても伝わりません。だから分析はここで止まります。クオリアっぽいやつです。

  • ロック:単純観念
  • ヒューム:印象
  • ラッセル:感覚与件(面識による知識)
  • ムーア:「黄色」は定義不可能な単純性質

たとえば「リンゴ」を分析すると、「赤い・丸い・甘い・硬い」といった性質に分解され、最後は感覚そのものに行き着きます。

 

② 知覚によって得られない単純概念

こちらは、目や耳で捉えられないのに、それ以上分解できない概念です。

  • 論理的概念:「ない」「かつ」「または」「すべて」「存在する」。「ない」を見た人はいませんわ。机の上に「ない」ものは知覚できません。
  • 数学的概念:数、集合、無限
  • 因果・同一性・部分と全体:ヒュームが言ったように、因果関係そのものは知覚できません。見えるのはAの後にBが起きることだけです。
  • 道徳的概念:ムーアの「善」。単純で定義不可能ですが、自然的性質ではなく直観で捉えられるとされました。

このあたりに関わる主張には、次のものがあります。

  • カント:カテゴリーは経験に先立つ。
  • ラッセル:論理形式への面識を認める。
などです。
 
要するに、「赤は赤だ!リアルだ」だけで分析が終わるわけではなく、ルール的な目に見えないものも分析できるわけです。

 

具体例

「ゴッホの黄色い椅子は、この部屋にない」を分析すると、次のようになります。

  • 「黄色」と「椅子」の性質は、①の知覚由来の概念です。
  • 「ない」と「この部屋に」という関係づけは、②の知覚由来でない概念です。

一つの文の中に、二種類の終着点が混ざっています。

 

だから、分析哲学では、文を分析する際に、この両方の面からアプローチして、頭をハッキリさせるということをめざします。

 

それには、記号化すると、よりシンプルでわかりやすくなるということ。

 

それで、変な記号がいろいろ出てきます。

 

論理学を使って、分析するというのが、欧米圏では流行っているようです。

 

ここまでの内容を知っておいて、こちらの本を読むと、1ページ分だけスッキリわかるようになります(先は長い…)。

 

 

 

●ややこしい記号

 

⊨(ダブル・ターンスタイル)

 

は、

 

「~において真である」あるいは「~を充足する」と読む記号

 

 

⊨

あんまり、見たことないな…。

 

 

●読み方

w ⊨ p

これは「世界 w において、p は真である」と読む。

  • 左側:世界(またはモデル)
  • 右側:命題(式)
 この論理学をつかった分析哲学で、概念を明確にして、それからだんだん「分析美学」にもっていって、最後、マンガを説明するのです。先は長い。
 
 
 
 
一方……
●マンガ練習の進み具合
 
「お絵かき講座パルミー」
私は初心者なので、模写をこれから何年もやります。
 
模写は、ネットにアップする際に、著作権の問題が出てくるのですが、「お絵かき講座パルミー」はロゴと講座名を入れればOKなので助かります。
 
まず、左の見本をまるまる右に模写します(ネコがいる方です。完璧に同じにはなりません)。
 
左右の眼球運動が激しいので、頭が痛くなるときがあり、ほどほどにしています。
 
模写を繰り返していると、絵のパーツの暗記力が強まるので、将来的に、それを脳内で空間的に組み合わせて、オリジナルになっていくというわけです。そこまでの道のりは長いが…。
 
自分はなんのためにこれをやっているのか、よくわからないのですが、天から「マンガやっといたほうがいい」みたいな声が聞こえるので(あぶない)、特に目標もなくやってます。
 
マンガ哲学入門とかマンガ歴史入門とかいろいろ広げられるのですが、きっとやらないと思います(だいたい疲れ果てて終わる)。
 
 
 
 

「8番出口」をやっと見られました。

 

ゲームやってたり、ゲーム配信見ていたりすると、身にしみる映画でした。

最近は、同時視聴も多いようです。

 

「8番乗り場」も映画化するんですかね。乗客がけっこうすごいからいいかもしれません。

 

「つぐのひ」は2015年に映画化していたんですね。知らなかった。

 

 

分析哲学

分析哲学とは、20世紀初頭にフレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタインらによって基礎が築かれた哲学の潮流です。

その特徴は、言語や概念を厳密に分析し、論理的な議論によって哲学的問題を明らかにしようとする点にあります。

哲学の問題のなかには、言葉の意味や使い方の混乱から生じるものがあります。

分析哲学では、こうした混乱を取り除き、何が問題になっているのかを明確にしようとします。

 

クワイン、クリプキ、デイヴィドソンらによって発展し、現在では言語哲学だけでなく、心の哲学、形而上学、倫理学など、いろいろあつかいます。

 

というわけですが、

 

一方、

 

分析美学とは、分析哲学の方法を芸術や美の問題に応用する哲学の一分野です。

 

たとえば、次のような問いを扱います。

  • そもそも芸術作品とは何か。

  • 作品の意味や解釈は何によって決まるのか。

  • 架空の人物や物語に、なぜ私たちは感動するのか。

  • 美しさは作品そのものにあるのか、それとも鑑賞する人の判断によるのか。

こんな問題について、言葉の意味を整理し、議論の前提や論理的なつながりを考えます。

 

 

分析美学は、絵画や彫刻、音楽といった伝統的な芸術だけでなく、マンガ、アニメ、映画、ゲームなどの大衆文化も哲学的な研究対象になるようです。

 

 

 

色塗りは一段落したので、頭身の勉強をします。

 

「お絵かき講座パルミー」

いらすとはじめてコーナーで、

みにまる先生です。

 

それよりも、体を描くという割り振り方があるそうで、主に肋骨を考えて描くそうです。

 

まず顔を模写をしました。

模写だから微妙にちがいますが…。

 

今回は、体の練習なので、まあいいでしょう。

 

明日は、腕とかの位置を配分する講座を見ます。

 

機材は、iPad Pro(第三世代)を使っています。

アプリはCLIP STUDIO PAINT EXです。