人生は、自由だ。その気になれば、いつでも新しいことを始められる。
以下、関連する内容について、一部引用する(「転がる珠玉のように」ブレイディみかこ著、中央公論新社)。なお、読みやすいように、段落間には行のスペースを入れさせていただいた。
<英国の人々がよく口にする言葉に「Never too late.」というのがある。「Never too late to learn.(学ぶのに遅すぎるということはない)」「Never too late to start.(始めるのに遅すぎるということはない」というふうに使われ、「いくつになっても新しいことは始められる」という意味だ。
英国に来てわたしが驚いたことの一つは、この国にはいくつになっても新しいことにチャレンジする人々がいて、世間もそれに対してとやかく言ったりしないということだった。日本なら、20代の頃は新人で、30代、40代で中堅になり、50代でキャリアが出来上がり、あとは引退を待つ、という構図があったように思うが、この国は違う。いくつになっても「やりたいときが始めどき」とばかりに新たなキャリアに挑戦する人が多く、50代で看護師になるためにカレッジに通う人や、50歳の誕生日の直前に銀行員をやめてガーデナー(庭師)の見習いになった人に会ったこともある>
人生の新しいスタートについて、関連する記事が新聞にも連載されているらしい。それだけ、人々が関心を持っているテーマなのだと思う。
他にも、例えば60代でデンマーク語を学び、69歳の時にデンマークで資格を取り、現在はノルウェーでカウンセリングの仕事をしているという人の例も紹介されていた。その人は、「ようやく自分の天職を見つけた」と話しているらしい。
このような考え方について、個人的には素晴らしいと思う。
もっとも、一つの仕事に従事して定年まで勤めるという選択肢も良いとは思うし、経済的にも、より安定できる可能性は高いのかもしれない。
しかし、人生は金銭的な安定が全てではない。一度しかない人生で、好きなこと、やりたいことに向かって挑んでいくことは、価値があると思う。
例えば、筆者も、新たなスタートをした人に会ったことがある。
その女性は、オーストラリア人であり、確か50歳くらいまで、幼稚園の先生として働いていたという。
しかし、心理学と関わる勉強をしたいと考えて、50代になってから、大学で専門分野の勉強を始めた。筆者がオーストラリアで知り合った時には、60代で、clinical psychologistとして働いていた。
笑顔が素敵な、とても親切な方だった。そして、前向きな意欲を感じた。こういうポジティブな姿勢が、いくつになっても新しいスタートを始めるための原動力になっていると感じた。
日本でも、年齢にかかわらず、新しいことを始める人が増えてほしいと思う。そして、そういう人に対して、少なくとも否定的な態度を取らない人が増えてほしい。
社会を活気づけるのは、新しいチャレンジである。チャレンジがなくなり、安定志向の人々が増えていくと、停滞が始まる。人々が良い意味でチャレンジする気持ちを失わないような、そんな社会が望ましいと思う。
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