痛みも含めた、様々な体の不調に関する治療法について、世の中にはたくさんの主張があります。

 

例えば、何らかの体の不調について、書店で、健康や医療と関連する本をいくつか手にとると、そこで推奨されている治療法が、まるで違うような場合があります。

 

なぜ、このような違いが生じるのでしょうか。

 

このことに関して、様々な理由があると思います。そして、その中の一つとして、「理論の時代」による影響が考えられます。

 

過去には、理論先行で治療等が広まっていた時代がありました(現代の専門分野の知見から考えると、かなり奇妙な理論に基づくものもあります)。この記事では、これを、「理論の時代」と呼ぶことにします。

 

現代の医学では、エビデンスが重視されるようになってきています。医療について、質の高い研究で検証することが重視されています(もっとも、今の世の中でも、変な、あるいは古い理論に基づく、エビデンス的には「?」と思える治療が本やインターネットに載っていることはありますが、全体としてはエビデンスに基づく考え方が重視されるようになってきています)。

 

これは、当たり前のことのように思えるかもしれません。しかし、医学の歴史を見ると、特に過去の医療では必ずしもそうではなかったということが、よく分かります。

 

治療に関する具体例として、瀉血について書きます。

 

瀉血とは、病気で弱った人の血管を切り開いて出血させることで、「悪い血」を抜いて病気を治すという理論のもとに、大昔に行われていた治療です。血液を体外に出す方法について、ヒルを使って血を吸わせる方法もあったようです。

 

体が衰弱した人をわざわざ出血させるなんて、かえって健康状態を悪化させるのではないかと、現代人なら考えるでしょう。しかし、この治療法は、何百年にもわたって行われていました。

 

当時の医師たちは、この治療法が効果的だと信じていました。

 

なぜか。一つは、瀉血と関連する理論が、当時は信じられていたこと(医療従事者と患者の両方)。そして恐らく、瀉血を行った直後は、「具合が良くなった」と言った患者がいたので(瀉血に期待する気持ちが、症状に影響を及ぼした可能性が高い。後に出てくる、プラシーボ効果を参照)、「この治療は間違っていない」と医師たちが考えたのだと思われます。

 

しかし、これでは、治療が本当に効果的かどうかは分かりません。

 

例えば、治療効果について、プラシーボ効果(ただの小麦粉のように、本来は治療効果がないものでも、例えば「これは薬だ」と言われて、効果を期待して摂取すると、実際に効果が現れることがあるという現象。これは、薬以外でも当てはまる)の影響を考慮すると、実際に症状が良くなった人がいたとしても、その治療が本当に効果的かどうかは分からないということになります。

 

治療効果を判断するためには、バイアス(結果に影響を及ぼし、結果を誤らせる可能性がある要素)をできるだけ取り除き、治療の効果を客観的に検証する必要があります(そのためには、無作為化割付や、治療の割付を関係者に分からないようにする(blinding)などの工夫がポイントになります。現代における、質の高い研究では、こうした工夫をしています)。

 

かつては、このような発想が希薄だったと思われます。だから、理論的には正しいように思える治療法があれば、きちんと効果を検証しなくても、その治療が続けられていたのだと思います。

 

しかし、瀉血について、客観的に効果を検証しようと試みた人物がいました。

 

例えば、スコットランド人の軍医である、アレクサンダー・ハミルトン(敬称略)が挙げられます。

 

1809年、ハミルトンは病気の兵士を複数のグループに分け、瀉血を含む、あるいは含まない治療を行い、結果を比較しました(なお、この試験は、患者の割付に関して、無作為化割付を採用しています。これは、瀉血に関する最初の無作為化比較試験と考えられます)。

 

その結果、瀉血を行った患者のグループは、瀉血を行わなかった患者のグループと比べて、死亡率が10倍も高かったことが明らかになりました(「代替医療解剖」サイモン・シン、エツァート・エルンスト著、青木薫訳、新潮文庫)。

 

また、フランスのピエール・ルイも独自に臨床試験を行い、その成果を発表して、瀉血の危険性を示しました。

 

しかし、当時の多くの医師たちは、こうした変化を受け入れようとはしませんでした。様々な理由で反論して、瀉血による治療を続けたようです。例えば、1833年のフランスでは、4200万匹ものヒルが輸入されたとのことです(「代替医療解剖」サイモン・シン、エツァート・エルンスト著、青木薫訳、新潮文庫)。

 

当時の多くの医師たちは、瀉血について、疑い、客観的に検証することを躊躇してしまったのでしょう。今も昔も、変化を恐れる人の数は多いと思われます。

 

それでも、変化は徐々に受け入れられ、医師たちは合理的な考え方をするようになり、瀉血は過去のものとなっていきました。

 

このように、医療について、データに基づく、客観的な検証が重要という意識が徐々に広まっていきました。例えば、有名な看護師であるフローレンス・ナイチンゲールも、統計的なデータを用いて衛生面における改革を行っています。

 

このように、「理論の時代」から、「エビデンスの時代」へと、変わっていきました。

 

しかし、古い考え方に基づく医療で、関連するデータを参考にすると有効性に疑問符が付くものは、今でも見かけます。過去の考え方について、データを元に再検証すべきだと思います。このことについて、今後も、いくつかの記事を書いていきたいと考えています。

 

(この記事について、当ブログの管理人が運営しているサイトにて、管理人自身が執筆した記事を見直して修正を加えたものです。https://www.tclassroom.jp