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今回は、筋肉(以下、筋と書きます)の変化と、痛みの関係について書きます。

 

筋を鍛えることで、痛みや、痛みによる悪影響を改善するという考え方が、昔からあります。

 

分かりやすい例としては、腰痛が挙げられます。腰回りの筋である、腹筋や背筋を鍛えることで腰を丈夫にして、腰への負担を減らすという考え方です。

 

まず、腹直筋などの表面的な筋を鍛える運動が行われるようになり、その後はインナーマッスル(体の奥の方にある筋や、関節の周囲にある小さな筋)に、より注目が集まるようになりました。

 

こうしたエクササイズについて、医療の世界だけではなく、スポーツの分野でもよく取り上げられることがあります。

 

しかし、このような筋群を鍛える運動における、痛みへの効果について、議論が分かれています。例えば、特定のテーマに関して様々な研究の結果を集めて分析する、システマティック・レビューやメタアナリシスを行った論文を読んでも、有効と判断しているものもあれば、そうではないと結論付けているものもあります。

 

しかし、もし、こうしたエクササイズが有効だとしても、インナーマッスルの機能の変化が効果と関係しているとは限らないということには、注意すべきだと思います。

 

例えば、腹横筋などのインナーマッスルを含めた腰背部の筋群にアプローチする運動(脊柱安定化エクササイズ)の効果について、「運動をやった」、そして「効果があった」という研究はいろいろとあります。

 

しかし、このような方法では、効果の有無は分かるものの、どのような要素が効果に影響を及ぼしたのか、詳しくは分かりません。

 

そこで、脊柱安定化エクササイズについて、効果と関連する要素を詳しく分析した、興味深い研究がスイスで行われました(「腰痛のマネジメント」の講習会で説明)。

 

この研究では、単に有効かどうかを調べるのではなく、関連する様々な要素の変化も調べて、どのような要素が効果に影響しているのか調べました。

 

そして、一定期間の運動を行った後、腰痛関連の指標が改善したことが示されました。また、筋の機能について、腹横筋の随意的な収縮も改善されたことが明らかになりました。

 

しかし、その一方で、筋の機能の変化は、効果にあまり影響を及ぼしていない可能性が示唆されました。

 

この研究で主に焦点を当てている、効果を測定するための指標は、Roland-Morris Disability Questionnaire(RDQ)です。腰の痛みによって、日常生活がどのくらい制限を受けているのか調べる質問票であり、日本も含めて国際的に広く用いられています。

 

筋の機能の変化と、効果(RDQの改善)との関係を調べると、それらに有意な関連はなかったことが明らかになりました。

 

そして、解析の結果、この研究で測定した様々な要素の中で、有意に効果に影響を及ぼしていたのは、心理的な要素(破局的思考)と、指床間距離(立位体前屈)の改善でした。

 

ここでポイントとなるのは、心理的な要素です。

 

なお、指床間距離の変化について、通常は柔軟性の改善を反映していると考えられますが、この研究の結果については、心理的な要素との関係が考えられます。なぜなら、この研究では柔軟性を改善する運動(ストレッチングなど)はしていないので、柔軟性は恐らく関係ないと思われます。腰を曲げる動きに対する恐怖心が減ったので、指床間距離が増えたと考えるのが妥当だと思われます。

 

この研究の結果からは、脊柱安定化エクササイズの効果について、身体的な要素よりも、心理的な要素の影響が大きいことが示唆されます。腰痛のある被検者が、脊柱と関連する運動を行ったことで、「自分の腰は丈夫になった」と考えるようになり、そうした心理的な変化がポジティブな影響を及ぼした可能性があると思います。

 

そして、このことは、痛みに関する、他の様々な研究の結果からも、理解できます。

 

例えば、慢性腰痛に関する、ヨーロッパの過去のガイドラインを読むと、運動後における痛みや能力低下の変化について、体力的な要素の変化と直接的には関連していないという、強いエビデンスがあることが記されています(Airaksinen O, et al. Chapter 4 European guidelines for the management of chronic nonspecific low back pain. Eur Spine J 2006; 15 (suppl 2): S192-300)。

 

一般的に、運動は痛みに有効ということが、多くの研究で示されています。しかし、これまでに行われてきた様々な研究の結果を見ると、痛みと筋の関係については、単純なものではないということが分かります。今後、関連する研究の更なる積み重ねが必要ですが、少なくとも、筋の機能の改善だけでは、痛み関連の状態の変化を十分に説明できないということは言えると思います。

 

痛みの分野では、様々な興味深いことが明らかになっています。医療現場で働く医療従事者は、定期的に知識を更新して、こうした変化についても知っておくべきだと思います。

 

(この記事について、当ブログの管理人が運営しているサイトにて、管理人自身が執筆した記事を見直して修正を加えたものです。https://www.tclassroom.jp