あれは、いつのことだったろうか。

 

彼は、イギリス行き、またはオーストリア行きの飛行機に乗っていた。

 

日本を発ってから、夜の時間帯になり、機内は電気を消した。

 

こういう時に、彼はいつも困る。ジェットラグの影響を減らすためにも、なるべく睡眠時間は確保したいのだが、飛行機の中で眠れないのだ。

 

もっとも、水平になるシートを利用できれば眠れるのかもしれないが、彼が飛行機に乗る時にはいつもエコノミーか、プレミアムエコノミーの席を使うので、座席の背もたれは少ししか傾かない。その状況では、きちんと眠れないのである。

 

この時も、寝つきは良くなかった。それでも、何とか眠ろうとしたのだが、いつも以上に眠ることができなかった。

 

なぜか。彼の近くで、窓際に座っていた女性が、窓の日よけを上げて外の景色を見ているので、外から光が差し込み、眩しくて眠れなかったのである。

 

眠り始めだったのか、時間が経ってからだったのかは覚えていない。彼が覚えているのは、眩しくて目が覚めてしまったことである。

 

機内の他の人たちは日よけを降ろして暗くしているのに、なぜこの人は上げているのだろう。自分だけでなく、他の人もきっと嫌なのではないか。

 

そう思った彼は、その女性に声をかけた。

 

「すみません。眠れないので、ブラインドを閉めていただけませんか」

 

確か、こんな感じの声掛けだったと思う。その女性は、彼の呼びかけに応じて、日よけを下げてくれた。

 

このようなやり取りがあれば、普通であれば、気まずい雰囲気になるだろう。

 

しかし、その後、その女性から話しかけてきたのか、彼から話しかけたのか覚えていないが、しばらくしてから会話が弾んだことを覚えている。

 

その女性は、スペインかどこかで開催される国際会議に出席する予定と話していたと思う。彼も、自身の旅について話したように記憶している。

 

話の終盤、その女性は懐から、小さな物を取り出した。何と、それは「小梅」ちゃんの飴だった。それも、袋の中に限られた数しか入っていない、大粒の飴だった。

 

女性は、その飴を彼にくれた。彼は喜んで、その飴をいただいた。

 

その飴は、酸っぱかった。そして、とても美味しかった。小梅ちゃんの梅の味が、彼の口の中一杯に広がったことを覚えている。

 

ヨーロッパに向かう飛行機の中で、見知らぬ人からいただいた、日本製の飴。ちょっとしたことだが、彼にとっては嬉しかった。

 

こういうことは、記憶に残る。何でもないことのようだが、こういった小さな出来事は、旅の醍醐味の一つなのかもしれない。旅の途中の、見知らぬ人との短い時間の触れ合いは、旅を楽しいものにしてくれるのである。

 

(この記事について、当ブログの管理人が運営しているサイトにて、管理人自身が執筆した記事を見直して修正を加えたものです。https://www.tclassroom.jp