世界解体

世界解体

知らないことは ボクらの道を狭くする
情報の海と訣別し 本当に必要な知識を今 ものにするんだ
世界解体は その力強い 道連れだ!

知らないことを正当化しちゃダメ! さあ、本物の知識へと旅に出よう・・・
もっとも重要なのは・・・

ウソだらけのヨノナカで・・・

今までのことすべて含めて・・・

ボクらは自らの人生で

想像力を最大限に発揮すること

なんだよ、ある意味では何よりもね。

これはニンゲンとしては「他者の気持ちを想像する」ということであり、言い換えれば「他者の感情を感じ取る」ということでもあるんだよね。つまり、

強靭な想像力の根底には鋭い感性が不可欠

だということ。

要するにボクらの感じる力が弱ければ、必然的にボクらの想像する力は弱くなる。もっと言えば、想像から何かを創造していくことなど夢のまた夢になるんだよ。

そのことをあまり重要なことだと思っていないのが、ウソだらけのセカイに翻弄されるしかないボクらで、そのせいか

自らの未来を想像することも出来ていない

ということになってしまっている、誠にザンネンなことだけどね。

さらに言えば、このセカイ全体がどのようになっていくかについても想像出来ず、今現在どのようになっているのかも理解出来ず、現在に至るまでの過去にどのようなことが行われてきたかについても知らないし、知ろうともしていない・・・

さあ、ここから何が出来るか?
何とか想像してみて欲しいね。
それが出来れば、ボクらの未来は・・・


アタマの中を・・・

ウソだらけのヨノナカで・・・

真っ新な状態に巻き戻したら・・・

次のステップは

楽な方に逃げないこと

これなんだよね。

これはニンゲンのキホン的性質だから、徹底することはヒジョーにムズカシイことであることは分かってる。今すぐに誰にでも出来ることじゃないことは自明なんだけど、まずは少しずつ、ひとつずつ、ジブンが人生上の岐路や何らかの選択を迫られた時、

楽ではない方を選ぶ

ように心掛けることで、仮にその時は楽な方に流れたとしても、その事実はジブンの中に残っていくんだ。

それが人生の最期まで続いたとしたら、おそらくボクらには

取り返しのつかない後悔として迫ってくる

だろう。

死期の肉体的な苦しさに重なって上記の後悔がのし掛かってくるとしたら、それは地獄以上の苦しみかもしれない。だからね、そんなことにならないように、ジブンが楽な方に流れた記憶が刻み込まれるようにしていくことが大事なんだ。

積み上がったその事実と記憶はやがてボクらの中で熟成し、次は今までとは違う選択が可能になるかもしれない。でもね、そこが意識出来ない、最初からジブンにはそんな気がないような洗脳をジブン自身に許してしまうと、そのような可能性は永遠に封印されたままとなるんだ。

そこは何としても脱しないとね。
ウソに呑み込まれて生きる方が楽だってことは分かるけど、それは最悪の苦しみを先延ばしにしているだけだってことにもうそろそろ気付く時じゃないかな。そう思うんだよね。

そして最後に・・・
得意でもないし・・・

ウソだらけのヨノナカで・・・

継続的に訓練するような気もないなんて・・・

諦めてないでさ、次は

ジブンのアタマで考えることを増やしていく

ことだね。

最初からフクザツなことやムズカシイことを考えるのはムリだろうから、カンタンなことからで良いよ。ほぼほぼ自動的になった、ほぼ完全に受動的になった、ほぼ単なる反応になってしまった

自らのオツムに通常運転をさせない

こと。まずはここからだ。

多くのヒトは「ジブンは考えている」だとか「ムズカシイことだって考えられる」なんて思ってるのかもしれないけど、ザンネンながらそれは勘違い、あま〜い思い込みでしかない。

ボクらが「考えている」と思い込んでいるのは、大抵は

単なる刷り込みをアタマの中で繰り返している

だけのことなんだ。

要はジョーシキや偏った教育などで見事に洗脳されたことをなぞっているだけの動きを「考えている」と錯覚しているってこと。このことに気付く、感じることが出来なければ、なかなか厳しい状態が延々と続いていくしかない。そこは脱しないとね。

それから・・・
日常の仕事や家事、雑事に・・・

ウソだらけのヨノナカで・・・

追われているように感じているかもしれないけど・・・

よ〜く考えてみてよ、ボクらはそんなに忙しいかを。
たしかに忙しいかもしれないけど、寝れないぐらい忙しいかな?
数ヶ月後には死んでしまうぐらい忙しいだろうか?

おそらくほとんどのヒトはそれほどでもないだろう。
やらない、やりたくないがためのイイワケがこの「忙しい」の中にあるんじゃない?

そこでこう考えようよ。

日常に張り付いた意識を1日数分でいいから剥がす

これが次のステップだ。

すぐには何かが大きく変わることにはならないかもしれないけど、これを継続すれば、今のまま日常に張り付いた意識のままで生きているのとでは1年後、数年後には大きな違いがあるはずだ。

日常のことにかまけている間に一生が終わるなんてことは良いことではない。
ニンゲンとしてこのセカイに放り込まれた限りは、やはり

カタカナではない「人間」になることがメイン

なんじゃない?

これが継続されれば、自然とボクらには大きな変化が訪れる。
忙しい、忙しいと逃げることなどもう考えの片隅にも浮かばないような人間がそこにいるようになれば、ウソだらけのヨノナカにも大きな一撃となるはず。

さらに・・・
まず・・・

ウソだらけのヨノナカで・・・

最初に・・・

ジブンのことぐらいどうでも良い

というスタンスを持つことだね。

これは大きな誤解を招きそうな言い方なので少し補足すると、キホンはジブンのことばかりになっているのが世の常、ボクらの常だとして、それを少し減らしていく、出来るならジブンではない誰かのことを今よりも思う、考えるということ。

これをもっと進めていけば、このセカイの有り様は大きく変わっていくことになるだろう。どれだけウソだらけのヨノナカでも、そこに生きるニンゲンの中にこういった精神が多数を占めるようになっていけば、その土台そのものが変わるんだから、おそらく誰もが想像もしないような変化が起こることになるだろう。

これがすべてのスタート。
ジブンのことは大事だけど、

ジブンと同じくらい大事なことはある

んだ。

そして・・・