和田秀樹 メンタルの病には<薬>が効くものと治らないものがある。でも薬で治らない症状に、日本の精神医療は完全にお手上げで…
WHO(世界保健機関)の推定では、うつ病患者は人口の約3%いるとされており、心を病む人の人数は年々増加の一途をたどっています。
精神科医・心療内科医の数は増え、メンタルクリニックも増えているのに、メンタルを病む人がなかなか良くならない「本当の理由」とは何なのでしょうか?よりよい医療を受けるためのヒントを、精神科医 和田秀樹氏著書『「精神医療」崩壊 メンタルの不調が心療内科・精神科で良くならない理由』から一部を抜粋して紹介します。
【書影】職場環境は変わっているはずなのに、メンタル不調の人はなぜ増加しているのか?精神科医 和田秀樹氏著『「精神医療」崩壊 メンタルの不調が心療内科・精神科で良くならない理由』
薬で治らない人は「治せない」医療現場の実情
薬一辺倒の日本では、薬で治る人だけが救われています。薬が効きやすい心の病としては、「統合失調症」があります。
統合失調症は、薬でうまくコントロールできている間は、派手な症状を出すことも少なくなります。知能が落ちる病気ではないので、仕事に復帰できる人もいます。
「双極性障害(いわゆる躁うつ病)」は薬が効きますし、「うつ病(単極性障害)」も7割ぐらいの人は薬でコントロールできます。
また、以前は神経症とひとくくりにされていた「不安障害」や「強迫性障害」「パニック障害」もわりと薬が効きますが、やはり通常は一定のカウンセリング治療が必要です。
一方、薬で治らない症状に対して、今の日本の精神医療は完全にお手上げです。
ストレスチェックで引っかかる各種の「不安障害」や「適応障害」「依存症」「トラウマ」「PTSD」「強迫性障害」「身体症状症」あるいは子どもの「発達障害」などには十分に対応できていません。
それでも、薬物療法しかできない医者はほかの対応ができないため、薬をだらだらと処方し続けます。薬では治らないと気づいていても、ほかの対応ができないために、薬を出し続けるしかありません。
医学部時代、薬の話ばかり聞いて医者になった人たちは、柔軟な発想ができなくなっているのです。薬で良くなる病気でも、前述したように投薬をやめると再発するケースが多いことから、結局ずっと薬を処方し続けます。
薬で表面的な症状が良くなったとしても、本質的なところは薬だけで良くならない場合がほとんどだからです。
不眠で悩んでいる人に睡眠導入剤を使うと、少なくとも睡眠に関しては「眠れる」ようになります。
しかし、不眠の引き金となっている根本的な問題、たとえば、職場での人間関係だったり、過重な仕事量だったりが解決しないと、いつまでも薬を飲み続けなければ眠れないし、薬の量も最初は1錠で眠れたのに、だんだん2錠、3錠と増えていく。
そうした人には、ちゃんとしたカウンセリングなり、認知療法なりの精神療法を行わなければいけないのに、今の日本には、精神療法に関してまともな教育を受けている医者は絶対的に少ないのが現状です。
精神科医は増えているのに、標準化された精神療法の教育システムがないため、薬で治らない精神疾患に対応できる医者が大幅に不足しているのです。
ストレス性の心の病は薬だけでは治せない
「ストレスチェック」で引っかかるような心の病は、多少なりともストレスにまつわるカウンセリングが必要となります。
しかし、薬物療法中心の精神科医は、「眠れないなら薬を出しましょうね」「軽いうつだから、うつ病の薬を出しておきます」で終わらせてしまう。
本質的なストレスにまつわるカウンセリングは行わない。というか、行えない。だから、治らない患者さんがどんどん増えていく状況になっています。
ストレスチェックで引っかかる人は、上司のパワハラがひどいとか、会社の人間関係がつらいといったことがストレスの引き金(ストレッサー)となり、何らかの症状を引き起こしている場合がほとんどです。
適応障害はその代表的なものです。適応障害に効く薬はありません。でも、心配しなくて大丈夫です。適応障害は薬を飲まなくても治るからです。
適応障害の治療法は基本的には2つ
最も簡単で効果的なのは「環境を変える」ことです。
適応障害の人は、うつ病と違って家に帰ったら元気になるのが特徴です。つまり、ストレッサーがないところへ行けば症状はすぐに消えます。
診察の際に「職場の居心地が悪いなら、自分に合った別の職場へ移ることを考えてはいかがですか?」と提案したり、「今の時代、どこも人手不足だから就職先はありますよ」と伝えたりするだけでも、症状がやわらぐ場合があります。
職場を移れない場合は、「認知療法」という精神療法が有効です。同じ状況にあっても、物事の捉え方(認知)を変えることで、ストレスの原因をうまく受け流せるようにする。その手助けをするのが認知療法です。
しかし、そういうカウンセリングをちゃんとできる医者が絶対的に不足しているのです。適応障害に対しても、薬だけで対応する医者がほとんどなので、職場環境がつらくて眠れなかった人が薬で眠れるようになって、「何とか会社へ通えるようにはなりました」というのがせいぜい。
治せる病気なのに、根本的な解決に至る例が驚くほど少ないことが残念でなりません。結局、また嫌な職場へ通っているうちにメンタルを病み、いつまでたっても良くならない適応障害の人や、うつ病の人がごまんとたまってくるのです。
職場では、「あの人、また休職することになった」といわれて、さらに居心地が悪くなる、という悪循環です。この調査では、若い世代ほど精神疾患による休職者・休暇取得者の割合が高いことが明らかにされています。
薬では治らない病気「トラウマ」「PTSD」
薬で治らない重症の精神疾患としては、トラウマ性の精神障害やPTSDがあります。
トラウマというのは、戦争や拷問、大規模な自然災害・事故、児童虐待、家庭内暴力レイプなど、命に危険を感じるような衝撃的な出来事を体験または目撃したときに生じる心の傷のことです。
その心の傷がいつまでも癒えずに、衝撃的な出来事を繰り返し思い出したり(その光景が浮かんでくる場合は、フラッシュバックといいます)、それに関連する記憶を失ったり、
感情の麻痺、入眠困難、著しい不安や集中力の低下、あるいはちょっとしたことに過度に驚くといった症状が1カ月以上続き、日常生活に深刻な支障をきたしている状態をPTSDと呼びます。
PTSDが注目されるようになったのは、ベトナム戦争の頃からです。
レイプの被害者とベトナム戦争の帰還兵に見られる症状がそっくりだということで、1970年頃からPTSDの概念が生まれ、1980年にDSMというアメリカ精神医学会の診断基準で、初めてPTSDという病名が採用されました。
私は1991年にアメリカへ留学したとき、実質的に初めてPTSDのことを知りました。
日本で「PTSD」とい病名が知られるようになったのは…
1994年に帰国した頃も、日本では精神科医の間でもほとんど知られていませんでしたが、その翌年の1995年1月に阪神・淡路大震災が起こり、同年3月に地下鉄サリン事件が起こって、そこからトラウマ、PTSDという病名が国内でも広く知られるようになりました。
以後、大規模な自然災害や事件などが起こるたびにPTSDが心配され、日本で調査をしてみると、被災者の10%程度がPTSDを発症したとされています。
通常、自然災害でPTSDを発症するのは被災者の2%程度とされており、日本人はPTSDを起こしやすいと考えられています。
だというのに、日本ではトラウマやPTSDをきちんと診断・診療できる医者が少ないうえ、無知なマスコミがその言葉を広めて、一般の人たちの間で拡大解釈されています。
本来、PTSDの治療は、精神療法(EMDRと呼ばれる特殊な心理療法や認知行動療法など)を中心に行われます。
必要に応じて投薬も行いますが、基本的には長い期間をかけて根気強く精神療法を続けることが求められます。
※本稿は『「精神医療」崩壊 メンタルの不調が心療内科・精神科で良くならない理由』(青春出版社)の一部を再編集したものです。