2024年9月24日にインドで、旧サル痘、エムポックスの強毒型クレード1bが確認されたことが同日、世界で一斉に報じられた。
アフリカ中央部のコンゴ民主共和国を中心に感染者が急増するエムポックスだが、新たに出現したクレード1bがアフリカ以外で報告されたのは、8月のスウェーデン、タイに続いて3例目となった。
世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言(PHEIC)」を出したのは8月14日のこと。その後、日本ではあまり報道されていないが、世界に目を転じれば、エムポックスの感染は衰えるどころか増加傾向にある。
エムポックスに関しては、強毒型の感染拡大が大きな問題に見えるが、エムポックスをめぐる問題はそればかりではない。
この記事では、WHO(世界保健機関)やアフリカ疾病対策センター(ACDC)の情報などをベースに、インドでの初確認の状況をはじめ、世界各国のエムポックスをめぐる危機的な状況、今後の展望などを考察していく。(星良孝:ステラ・メディックス代表/獣医師/ジャーナリスト)
UAEを訪問したインドの38歳男性が1bに感染
まずは、インドで確認されたクレード1bに関する現在までの情報を確認する。
インドケララ州保健・女性・児童開発大臣のヴェイナ・ジョージ氏がフェイスブックに投稿した情報によると、9月18日にインド南部ケララ州マラプラム地区でエムポックスに感染した38歳男性が確認された。
インドで初めての感染例である。男性は同地区出身で、アラブ首長国連邦(UAE)への観光から帰国したところだった。
複数の報道によると、検査の結果、24日までにクレード1bへの感染が確認された。男性は大学病院に入院し、これまでに接触した27人と、航空機の乗客37人が監視対象となった。同地域などでの感染の拡大は認められていない。
8月にスウェーデンとタイでクレード1bが確認されてから、1カ月近くアフリカ外では確認されていなかった。今回、1bがインドで確認されたことで、アフリカからのウイルス流出を食い止め切れていないことが明らかになった。
これはアフリカでの感染者増加が抑制されていないことも影響している。前述の通り、アフリカでの感染者数は減少するどころか拡大している。
コンゴ民主共和国を中心にアフリカで感染拡大
ACDCが9月19日に発表した最新データによれば、アフリカ大陸全体で累計2万9152人の感染者が報告され、そのうち6105人が検査により確定例とされている。感染者数は前年同期比で177%増加した。感染は15のアフリカ諸国に広がっている。
死亡者数は前年同期比38.5%増の738人に上っている。
アフリカでは検査体制が整っていないため、多くが疑い例として処理され、PCRなどの検査で確定例として認められるのは一部にとどまる。全容をつかむのが難しい理由の一つだ。
第36週(9月第2週)だけでも、新たに2912人の感染者が報告され、そのうち274人が確定例とされた。死亡者は14人増加している。
中央アフリカが最も深刻で、2万6063例の感染者が報告され、そのうち5928人が確定例、死亡者数は734人に達している。
東アフリカでは1694人の感染者(確定例20人、死亡者0人)、西アフリカでは1392人の感染者(確定例131人、死亡者1人)が確認されている。
南部アフリカでは25人の感染者全員が確定例であり、死亡者は3人。北アフリカでも3人の感染者(確定例1人、死亡者0人)が報告されている。
ACDCによると、確定例のうち63%が男性。41%が15歳以下の子どもと報告された。
従来、コンゴ民主共和国では感染者の大部分が15歳以下であると報告されていた。それに対して、41%という子どもの比率は、成人感染者が少なくないことを示している。
アフリカ中央部に集中している強毒性
エムポックスウイルスのクレードの分布も判明している。
クレード1bは、コンゴ民主共和国やブルンジ、ケニア、ウガンダ、ルワンダなどで確認され、コンゴ民主共和国の首都キンシャサではクレード1aと1bの両方が検出されている。
もともとコンゴ民主共和国で感染が広がっていたのはクレード1aであり、これは主に15歳以下に感染が広がっていた。この1aについても依然として感染拡大を続けている。
一方で、現在感染者を急増させている要因とされるのがクレード1bだ。1bはアフリカ中央部に圧倒的に集中していることが地図で確認できる。北キヴ州と南キヴ州という地域を中心に感染者が出ており、飛び地的に首都キンシャサでも1bが確認されている。
コンゴ民主共和国でのクレードの分布をまとめたのが次の図だ。1bは右の地域で広がっているが、首都キンシャサを除くとその他の地域では確認されていない。人流との関係が考えられる。
検査体制が十分ではなく、こうしてまとめられた数値が全体を正確に表しているとは限らない。しかし、エムポックスは、北キヴ州と南キヴ州一帯とそれ以外で2つの動きが並行していることが確認できる。
金鉱山と危険地域と性産業
ここからは前回の記事で書いた通り、従来は動物から人への感染や家庭内感染が主だったが、現在は売買春を通じた異性愛者間で性感染症としても広がっている。
◎エムポックス急拡大の背景に「強毒型1b」と「売買春」、ゲイからヘテロに感染が広がり始めた意味(JBpress)
コンゴ民主共和国東部の北キヴ州と南キヴ州は金鉱山があり、ここで金の採掘が行われているとされる。詳細は分からないが、金鉱山があるということを考えれば、経済活動が活発な地域なのだろう。
そのような利権が絡む地域であるからか、反政府武装勢力が活動するなど、危険度が高い地域とみなされている。外務省によれば、北キヴ州と南キヴ州の両方で危険度がレベル4とされ、退避勧告が出されている。
研究によれば、同地域の集団感染状況を調査した結果、感染者の約半数が性産業に従事する女性で、感染者の92%が異性愛者、61%が過去6カ月以内に複数の性的パートナーと接触していたとの研究結果が報告された。
治安の悪い場所で、しかも性産業が成立し、エムポックスの感染拡大が起きている──。
すなわち、エムポックスの性感染症化により感染拡大のペースが広がり、エムポックスの感染者急増に影響していると見るのが自然だろう。国境を越えて急速に広がっているのも、性感染症として広がっていると考えると、状況を理解しやすい。
米国疾病対策センター(CDC)は、クレード1が流行する地域への渡航者に、性的接触が予想される場合にエムポックスのワクチン2回接種を推奨している。
特にクレード1bの感染が成人間の親密な接触や性的接触と関連していることが多いと指摘。旅行者の約3分の1が新しいパートナーとの性的関係を持つことが予想されると報告している。要するに、多くの旅行者が売買春を経験していることを示唆しているのだ。
前門のクレード1b、後門のクレード2
エムポックスはアフリカにとどまってきたが、アフリカ外でも3カ国で確認されるようになり、決して楽観視できる状況にはない。世界各国の状況を見ると、強毒型1bの流入を警戒すべきフェーズに入ったことになるが、実は既に国内でも従来型クレード2が大きな問題となっている。
もともとアフリカで蔓延していたエムポックスは、ナイジェリアなどの西アフリカで広がっていたクレード2と、コンゴ民主共和国を中心に広がっていたクレード1があった。
クレード1は感染しやすいとされたが、最近までコンゴ民主共和国よりも外には広がらず、22年に世界に拡大したのはクレード2だった。前回、WHOが緊急事態宣言を出したのはこのためだ。23年5月までにクレード2の世界での感染拡大は落ち着き、緊急事態宣言を完了するに至った。ただ、クレード2の感染者が世界的に確認され続けている。
直近5カ月のデータからアフリカ以外に多数のエムポックス感染者が確認された上位3カ国と確認された感染者数を紹介しよう。
24年8月、オーストラリアで245例、スペインで136例、米国で113例。
24年7月、米国で241例、ブラジルで106例、オーストラリアで101例。
24年6月、米国で220例、オーストラリアで64例、中国で58例。
24年5月、米国で218例、中国で57例、ブラジルで55例。
24年4月、米国で339例、ブラジルで91例、中国で42例。
最近、東南アジアでエムポックスのクレード2が確認されたと報じられることもあり、日本でも2024年に東京都で12例、神奈川県で2例、京都府で1例、計15例のエムポックスが報告されたが、欧米、オーストラリア、中国、ブラジルと比べると少数である。
既に多数のエムポックス感染者が継続的に発生し、それ自体が問題になっている中で、新たに強毒型クレード1bの問題が加わったことで、状況がさらに悪化している。前門に控える強毒型クレード1bが虎ならば、後門には従来型クレード2という狼が潜んでいる。
日本がアフリカへのワクチン提供で最大の貢献
今後、世界各国は、アフリカでの対策、アフリカからの流入対策、国内の清浄化を目指す必要がある。課題は山積だ。
一部を挙げると、アフリカでは、コンゴ民主共和国を中心にワクチンも重要になる。そこで最大の貢献しているのが日本だ。
ACDCによると、日本が300万回分のワクチンを提供する。明治製菓ファルマのグループ会社であるKMバイオロジクスが擁するワクチンだ。現在のところ、この日本による供給量はデンマークのBavarian Nordicの50万回分を上回る。これだけの数があっても十分とはいえないだろうが、ワクチン接種は必須の情勢だ。
アフリカでは、検査体制を含め、医療資源が乏しく、感染者を見つけ出すところから困難な状況にある。
しかも、蔓延する感染症はエムポックスだけではない。エムポックスはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者では重症化しやすいとされるが、厚生労働省検疫所のデータによれば、コンゴ民主共和国のHIV有病率は約1%、セックスワーカーに限ると7.5%に達している。
このほかにも複数の感染症が流行しており、それらへの対応も含めると、アフリカでのエムポックスの征圧は長期の対策が必要であると予想される。
各国は水際対策を一層強化する必要がある。従来はクレード2を警戒すればよかったが、1bが流入しないか監視する必要があり、難易度は上がる。検査体制の拡充が課題の一つだ。
現在のところ、アフリカ外で1bが広がっているわけではないが、万一広がれば、感染経路にも注意する必要がある。
クレード2は男性同性愛者間で広がったが、クレード1bは異性間でも広がっている。性産業は異性間の方が一般的であり、1bが性産業に入り込めば、急拡大の可能性もある。そうなると、国内でもワクチン接種を検討する必要が出てくるかもしれない。
感染経路については不明点もあり、接触感染が中心とされるが、飛沫感染の可能性についても慎重に検討する必要がある。1bの脅威は当面、続くと予想される。
【参考文献】
◎エムポックス急拡大の背景に「強毒型1b」と「売買春」、ゲイからヘテロに感染が広がり始めた意味(JBpress)
◎野放図なセックスが最大のリスク、世界最大の“性地”でエムポックス1bが確認された衝撃(JBpress)
◎India reports imported clade 1b mpox case
◎Veena George
◎Special Briefing on Mpox Outbreak in Africa | Sept. 19, 2024(ACDC)
◎エムポックスとは(国立感染症研究所)
◎2022-24 Mpox (Monkeypox) Outbreak:Global Trends
星 良孝(ほし・よしたか)
ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師
東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経BPにおいて「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017年に会社設立。獣医師。
ステラ・メディックス:専門分野特化型のコンテンツ創出を事業として、医療や健康、食品、美容、アニマルヘルスの領域の執筆・編集・審査監修をサポートしている。また、医療情報に関するエビデンスをまとめたSTELLANEWS.LIFEも運営している。
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