年金額を増額させる方法に「年金の繰下げ受給」があります。75歳まで繰下げて受給すると、最大84%の増額となるこの制度、実はあまり利用されていません。人生100年時代に突入して、長い老後を生き抜くためにも、年金の繰下げは知っておいて損はありません。
ここでは、繰下げするメリット・デメリットをわかりやすく解説するとともに、何歳まで生きると繰下げ受給が得になるかを表した「損益分岐年齢」がわかる一覧表もご紹介します。
■繰上げ・繰下げで年金額はどう変わる?
老齢年金は原則65歳から支給が開始されますが、60歳から65歳になるまで繰上げて受給すると年金は減額され、66歳から75歳まで繰下げて受給すると年金は増額されます。
繰上げ減額率=0.4%×繰上げ月数(最大24%減額)
繰下げ増額率=0.7%×繰下げ月数(最大84%増額)
※1962年4月1日以前生まれの人の減額率は0.5%
※1952年4月1日以前生まれの人は繰下げの上限年齢は70歳
たとえば、65歳からの本来の年金受給額が100万円の人が、繰下げ受給をして70歳から受け取った場合、年金は42%(0.7%×60月)増額されて、142万円の年金を生涯受け取ることができます。
繰上げ受給は、老齢基礎年金と老齢厚生年金を同時に繰上げる必要がありますが、繰下げ受給は、老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に繰り下げることができます。
平均寿命の延びを考えると、繰下げ受給によって年金を増やしておくことは有効です。ここからは繰下げ受給について解説していきます。
■繰下げ受給のメリット
○・年金が増額される
繰下げ受給によって、最大84%(75歳まで繰下げ)年金が増額されます。本来もらえる年金が100万円だったら、184万円に増え、それを生涯受け取ることができます。
ここだけをみると得のような気がしますが、75歳まで繰下げて、76歳で亡くなったら、本来であれば1000万円もらえた年金が184万円しかもらえないことになるので、大きな損になります。
このように、何歳まで生きるかわからない以上、損得は判断できませんが、どのくらい生きれば得するのか(損をするのか)をイメージできる「損益分岐年齢表」を最後の項目に載せていますので、参考にしてみてください。
○・状況をみながら繰下げができる
年金は勝手に支給されるわけではなく、受給開始年齢になってから年金の請求手続きをすることで、受給が始まります。請求手続きをしないでいると、年金を繰り下げていることと同じになります。年金を受給したくなったら、その時点で請求手続きをします。
そうすると、受給開始年齢の65歳から請求手続きをした時点までの月数に応じて増額された年金を受け取ることができます。また、65歳から請求した時点までの受け取っていない年金を一括で受け取ることもできます。この場合増額はありません。
つまり、事前にいつまで繰下げるか決めておく必要はなく、状況をみながら、受給したくなった時に請求手続きをすれば、そこまでの期間の繰下げ受給ができます。生活に支障がなければ、とりあえず請求しないでおいて、年金を増やせるところまで増やすという方法がとれるでしょう。
■繰下げ受給のデメリット
○・繰下げ中は加給年金がもらえない
加給年金は、厚生年金の加入期間が20年以上ある老齢厚生年金受給者が65歳未満の配偶者や18歳未満(一定の障害がある場合は20歳未満)の子の生計を維持している場合に、老齢厚生年金に加算されて支給されます。
そのため、老齢厚生年金を繰下げている間は、加給年金は支給されません。また、繰下げても加給年金の部分は増額されません。
加給年金の支給要件となる65歳未満の配偶者が、繰り下げている間に65歳になってしまうと、加給年金の受給資格を失います。そのため、繰下げるなら、影響のない老齢基礎年金だけ繰下げるといいでしょう。
○・税金と社会保険料が増える
繰下げ受給によって、年金が増額されることはいいことですが、年金が増えるとそれに応じて税金や社会保険料の負担も増えます。65歳以上で公的年金以外の収入がない場合、所得税は158万円以下、住民税は155万円以下であれば非課税になります。
繰下げの増額によって、このラインを超えてしまうと手取りが減ることになります。社会保険料は税金以上に負担が大きいので、増額による影響は大きくなる可能性があります。それでも、増えた分以上取られることはありません。
○・自己負担割合が増える場合がある
繰下げによって年金額が増えると、健康保険や介護保険を利用する時の自己負担割合が変わる可能性があります。医療費の自己負担割合は、70歳未満は3割、70歳以上75歳未満は2割、75歳以上は1割ですが、70歳以上の一定以上の所得がある人は、自己負担割合が増えます。
介護保険も同様です。原則1割負担ですが、65歳以上の一定以上の所得がある人は2割または3割になります。このように、年金の増額によって、所得区分が変わると、自己負担割合が増え、結果、家計にはマイナスになることがあります。
■何歳まで生きれば得をする? 「損益分岐年齢表」
公的年金は生きている限り受け取れます。そこで、何歳まで生きれば得をする(損をする)のかを表した「損益分岐年齢表」を作ってみました。
年金受給開始からの余命が短ければ、繰上げ受給をした方が得であり、余命が長ければ、繰下げ受給をした方が得になります。令和4年簡易生命表によると、65歳の男性の平均余命は19.44年、65歳の女性の平均余命は24.30年となっています。
男性は約19年と考えて84歳、女性は約24年と考えて89歳まで生きることを想定してみると、繰上げ受給、繰下げ受給の損得が見えてくると思います。
たとえば、75歳まで繰下げると、86歳以上生きないと得をしないので、男性の場合は平均的には損をし、女性の場合は平均的には得をすることになります。
ただ、あくまでも平均であって、自分の余命を前もって知ることができない以上、損か得かは結果論でしかありません。そのため、あまり損得では考えずに、老後の生活を安定させることを第一の目的として受給開始時期を選ぶといいでしょう。
石倉博子 いしくらひろこ ファイナンシャルプランナー(1級ファイナンシャルプランニング技能士、CFP認定者)。“お金について無知であることはリスクとなる”という私自身の経験と信念から、子育て期間中にFP資格を取得。
実生活における“お金の教養”の重要性を感じ、生活者目線で、分かりやすく伝えることを目的として記事を執筆中。ブログ「ファイナンシャルプランナーみかりこのお金の勉強をするブログ」も運営中! この著者の記事一覧はこちら