その年の世相を1字で表す「今年の漢字」が「税」に決まったり、開始間近と迫った新NISAへの注目が高まるなど、「お金」への興味関心が否応なしに高まっている昨今。
しかし、正しいマネーリテラシーを身につけるのは容易ではありません。
例えば保険について。損をすることを嫌う人が多い日本では「積立型」の商品が好まれますが、しかし、お金が増えなかったり、損をするケースも少なくない現実があります。
ライフネット生命保険株式会社の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学学長を務める出口治明さんの著書『働く君に伝えたい「お金」の教養』より一部抜粋してお届けします。
保険の大原則は「掛け捨て」
では、次に保険の原則について確認していきましょう。これは、たとえばの話です。
ある50人学級のクラスに、「1年後、このクラスの誰かが、ものすごくお金のかかる難病にかかります」と神様からお告げがあったとします。しかし、それが誰かまでは教えてくれなかった。
この場合、個々の生徒が最悪の事態に備えて治療費を貯めていってもいいのですが、1人で貯蓄できる額には限界があります。
しかも、それぞれの生活もあるし、勉強も、スポーツも、恋だってしたい。50分の1の確率のために、すべてを我慢して貯蓄に集中するのはいやだな、とみんなが思っていました。
そのとき、A君が提案します。「誰が病気になるかわからないのだから、みんなで毎月5000円ずつ積み立てよう。
そして、難病になる人が明らかになった時点で、積み立てた300万円(5000円×12カ月×50人)をその人にあげよう」
これが、保険の原則です。保険には、「世の中の誰が難病になるか(リスクが生じるか)はわからないから、社会のみんなで備える」という意味があるのですね。つまり、リスクヘッジの発想です。
こう考えると、保険の原則は、「大変な目にあった人以外、全員掛け捨て」だということがわかるでしょう。
大変な目にあう人は、そうではない人に比べて、圧倒的に少ない。少ないからこそ一極集中できる。だからこそ、いざというときにみんなから集めていたお金を潤沢に払うことができるのです。
つまり、保険の本質はレバレッジ(てこ)にあります。このことからも、保険は貯蓄のためではなく、貯蓄だけではなんともならない領域をカバーするものだということがわかるでしょう。
日本で積立型の保険が重宝されるようになった背景
──なるほど、保険の歴史や原則はよくわかりました。ここでちょっと話を戻したいのですが、どうして積立型保険はオススメではないのですか?
満期になればお金を返してくれる積立型は、大変な目にあった人だけでなく、全員に支払いがあるということですよね? リスクに備えつつお金も貯まるのはお得な気がします。
先ほどのケースで考えてみましょう。もし大変な目にあわなかった49人にも300万円を返そうとすると、保険料はいくらになるでしょう。返す時点で、総額1億4700万円(300万円×49人)が必要ですね。
さて、これを50人で負担しようとすると、1人当たり294万円、つまり毎月24万5000円ずつ積み立てなければならない計算になります。
そんな大金、ほとんどの人は払えないはずです。
それに、294万円払って300万円返してもらう……これ、「すべてを我慢して貯蓄に集中する」のとほとんど変わらないですよね。つまり、保険の本質であるレバレッジがほとんど働かない。これが積立型の特徴なのです。
では、なぜ日本では積立型の保険が重宝されるようになったのでしょう。それは、高度成長にともなう高金利が背景にあったからです。
資産運用の世界には「72のルール」というものがあります。これは「72÷金利=元本が倍になる年数」という法則で、かのアインシュタインも絶賛したというものです。
僕が日本生命で働いていた時代は、長期金利が8%を超えていました。「72÷8%=9年」ですから、9年で100万円が200万円になったのです。
これが、積立型の保険がよく売れた根本の理由。保険の期間は20年と長いですから、金利が金利を生む複利効果が存分に発揮されたのです。
では、いまの日本の長期金利はどれくらいでしょう。0.4%として計算してみると、なんと「72÷0.4%=180年」! 倍になるのに180年かかります。
つまり、ゼロ金利政策のもとでは複利効果が働かなくなるのです。
加えて、預金と積立型の保険にはもう1つ大きな違いがあります。毎月1万円を積み立てたとき、預金なら1年後には12万円が確実に貯まります。銀行の運営経費は利ざやでまかなっていますからね。
ところが、保険会社の運営経費は、みなさんの払う保険料から差し引かれます(付加保険料)。1万円のうち、運営経費が20%(2000円)だとしたら、1年経っても9万6000円(8000円×12カ月)しか貯まらないのです。
したがって、
①レバレッジが働かない
②ゼロ金利政策のもとでは複利効果が働かない
③付加保険料の分だけ預金よりも貯まる金額が少なくなる
この3つの理由から、僕はいまの金利情勢のもとでは積立型の保険をオススメしないことにしているのです。
さらに言えば、積立型の保険は途中解約のリスクが高いのも特徴です。携帯電話の「2年縛り」では、途中で解約すると違約金が発生しますよね。
同じように、積立型の場合、違約金こそ発生しないものの、満期になる前に解約すると返ってくるお金がそれまで払ってきた保険料よりもかなり少なくなってしまいます。
人生、いつ大きなお金が必要となって解約を余儀なくされるかわからないわけですから、これは大きなリスクです。
また、積立型の月々支払う保険料には、ケガをしたときや病気になったときの「保障」部分と、満期になったときに返してもらえる「積立」部分が含まれています。
貯蓄性は高いのですが、それゆえに、掛け捨て型の保険に比べると毎月の支払いが高額になります。
積立型を検討するときは、掛け捨て型+投資信託など、「保険は保険、貯蓄は貯蓄」の原則に則った場合と比較してみたほうがいいでしょう。
掛け捨て型の保険をオススメする2つの理由
──保険と貯蓄は分ける。積立型はほかの貯蓄手段などと比較したうえで検討する、それにゼロ金利のもとではそれほどうまみがない。ということは、出口さんは保険の原則どおり掛け捨て型をオススメするのですか?
「掛け捨て」はお金が戻ってこないから損。感覚的にはそうかもしれません。
しかし、保険がそもそも得をするためのものでないことは、保険が生まれた歴史的な背景からもおわかりいただけるでしょう。死んだり、ケガをしたりしたほうが得なんてこと、あるわけがないのですから。
政府の医療保険制度も同じです。企業に勤めていれば毎月の給与から健康保険料が天引きされます。健康なら1円も返ってきませんから、明らかな「掛け捨て」ですね。
でも、その代わりに、病気になったときに3割負担で済むから安心できる。これが保険の本質なのです。
「保険料の安さ」「見直しのしやすさ」
さて、僕が掛け捨て型をオススメする理由は大きく2つ。
①月々の保険料が安い
保険は、人生のなかでも最も高い買い物の1つ。「住宅ローンに次ぐ」と言う人もいるくらいです。
月々の保険料は数千円から数万円ですが、契約自体は何十年にも及びますから、トータルで見たらかなりの高額商品となります。事実、日本の世帯は年間平均40万円前後の生命保険料を支払っています。
保険料は、水道やガスと同じく毎月払わなければならない固定費。1カ月3000円でも、1年で3万6000円、10年で36万円のコストになります。
けれど、保険が水道やガスと違うのは、自分で会社や商品を選べるということです。選択次第では大幅に固定費を削ることができます。
月々の保険料が半分になれば、先ほどのケースであれば10年で18万円もの節約になる。高い買い物なだけに、いろいろな会社の商品を比較検討し、納得いく商品を選ばなければ、それこそ大損です。
②「見直し」がしやすい
給与が上がる、結婚する、子どもが生まれる。人生に変化はつきものです。ときとして、思いも寄らない方向に進むことだってあるでしょう。
そんなとき、積立型のように解約リスクがあると、人生に大きな変化が生じても「何年か前の自分の計画」に沿って生きていかなければならなくなります。
一方で、掛け捨て型は解約リスクがないので、柔軟に保険を見直せます。子どもが生まれたから保険料を増やす、子どもが巣立ったから保険料を減らす。調整がきくのです。