長時間労働はなぜ悪い? 医師が明かす睡眠不足の怖さ | ~たけし、タモリも…「1日1食」で熟睡&疲れナシ~

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『無敵の「1日1食」 疲れ知らずで頭が冴える!』
さあ、元気に歳でもとりますか!それに女性は明日の美しさを迎えにいこう。

読者のみなさま、こんにちは。精神科医の奥田弘美です。そこかしこに春の気配が宿り始めましたが、あなたの心と身体はお元気でしょうか?

 

今回は2015年暮れに起こった大手広告代理店過労死事件を発端に、世間で大きな話題となっている長時間労働について取り上げたいと思います。

 あの痛ましい事件を繰り返すまいと、2016年から全国の労働局が前代未聞の気合いとともに違法な長時間労働を繰り返す企業の摘発に乗り出しています。

 

今年に入ってからも数社の大手企業が違法な長時間残業で書類送検されたという報道が流れたのは記憶に新しいところです。しかし残念なことに、まだまだ我が国には長時間労働が根強くはびこっています。

 実のところ私自身も産業医として長時間残業が恒常化している企業に関わった経験が多々あります。月80時間超えはおろか、月100時間を余裕で超える時間外労働を何カ月にもわたって続けている過重労働者は、今現在もこの日本に多数存在するのです。

 

この連載をお読みのあなたの職場にも、過重労働している社員がいるのでは? それが、「あなた」でないことを私は産業医として心から願います。

■ショートスリーパーはそういない

 「長時間労働がなぜいけないのか?」。このシンプルな問いに産業医として私が答えるとするならば、まずは「大切な睡眠が不足してしまうから」という理由を一番に挙げたいと思います。

 

私が関わる約20社の企業では、大体月80時間以上の時間外労働を行っている人を中心に過重労働面談を行うことが多いのですが、彼らの9割以上は、睡眠時間が連日5時間を切っています。ひどい人になると4時間以下という人も少なくありません。

 もし今、あなた自身が「ふ~ん、5時間以下の睡眠時間って普通じゃない? 自分もそれぐらいだけど」と思ったならば、それは精神的にも肉体的にもかなり危険です。

 

あなたがショートスリーパーであるというのならば別ですが……。ちなみにショートスリーパーとは、「6時間以下の睡眠が連続しても、日中に眠気やパフォーマンスの低下、疲労を一切感じない」「休日であっても6時間以上眠ったことがない」「日中も一切昼寝をしない」という短時間睡眠の体質をもつ人々です。

 歴史的にはナポレオンやダ・ビンチ、エジソンなどが有名であり(真偽のほどは不明)、現代人でも聖路加国際病院の日野原重明先生などはおそらくこのショートスリーパーだと思われますが、真のショートスリーパーは人口の5~8%ほどといわれています。人口の約80%の人は、7~8時間連続して眠らないと日中に眠気を感じたり疲労が蓄積していったりするという一般的な睡眠体質を持っています。

 おそらくこの連載をお読みのほとんどの読者が、ショートスリーパーではないはず。産業医面談でも「5時間以下の睡眠でも平気」と豪語するビジネスパーソンによく出会いますが、実は「休日には8時間以上寝だめしている」「毎日何度かうつらうつらと昼寝をしている」という偽ショートスリーパーがほとんどです。

 そういう人はただ単に睡眠不足の負債(借金)を、昼寝や休日の遅寝で返済しているにすぎません。この「返済」がなんとかギリギリ間に合っているからこそ、睡眠不足の悪影響が目立ってきていないだけなのです。この睡眠負債が返せないほどの額になると、どうなるのか? 

 

実は恐ろしい悪影響が心にも体にも出てくることを多くのビジネスパーソンは知らないのです。

■「2週間の睡眠不足」は「2日間の徹夜」に匹敵

 まず睡眠不足が続くと疲労が回復できないため、集中力や認知機能、運動機能がどんどん落ちていきます。その落ち方は、おそらくあなたの想像以上です。

 一例として2003年に発表されたペンシルベニア大学とワシントン大学において行われた睡眠制限実験をご紹介しましょう。

 

通常7~8時間の睡眠が必要な睡眠体質を持つ人を6時間しか眠らせないという制限を行ったところ、彼らの精神的・身体的パフォーマンスはどんどん直線的に低下していき、わずか2週間後にはなんと「2日間の徹夜を行った人」と同程度にまで低下してしまったのです。

 

さらに恐ろしいのは、彼らはその状態を自覚できていなかったということです。「はじめの数日は低下したと感じたが、そのあとはさほど低下した実感がなかった」のだそう[注1]。
[注1]Sleep. 2003;26(2):117-26.

 つまり、長時間労働で睡眠不足が続けば続くほど、集中力、作業能力がどんどん落ちてタスクをこなすのにより多くの時間が必要となる。さらに注意力、判断力も低下するためミスも増え……という悪循環に陥っていくのですが、当の本人はその現実を正しく認識できない。

 

「疲れは感じているが、まあ仕事は何とかできている」と考え、体力や気力が高い人ほど頑張り続けてしまうわけです。

 また睡眠不足は産業事故のリスクを約8倍高めるともいわれています。

 睡眠障害の世界的権威ウィリアム・C・ディメントの名著「ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか?」によると、1989年に起こった巨大タンカーが座礁し多量の原油が流出した事故は操縦士の睡眠不足による判断ミスが原因として指摘されていたそうです。

 私が過重労働面談をするなかでも、ここまでの大事故には至らないものの「重要な会議で質問された意味を取り違え、間違った応答をしてしまった」「クライアントとの約束をついうっかりすっぽかしてしまった」「事実誤認して部下を怒鳴りつけてしまい泣かせてしまった」などといったミス、トラブルを起こした人が複数います。

 

とにかく長時間労働が続き睡眠不足が続けば、あなたの能力が十分に発揮できない状態がどんどん増えていくだけでなく、あなたが予期していないアクシデントが起こる可能性があるのです。

■長時間労働はメンタル不調の要因にも

 長時間労働者がうつ病などのメンタル不調やめまい、動悸(どうき)などの体調不良を発症するのも、こういったアクシデントが契機になることが少なくありません。

 

慢性的な睡眠不足と働き過ぎによって疲れが蓄積しているところに、予期しないアクシデントが発生し、ガツンとストレスが加わる。するとギリギリのレベルで何とか働いてくれていた体や心の機能が、正常なバランスを保てなくなってしまうのです。

 しかしこの予期しないアクシデントが、「実は長時間労働によって睡眠不足が続いたことで、認知力、判断力、集中力が落ちたために発生したのだ」という根本原因に、本人も会社も気付いていないことが実は大変多いのです。

 

気付かないうちにたまり予期せぬアクシデントを引き起こす睡眠不足の状態を断ち切るには、先に述べた「睡眠負債」をなるべく早く返済していくことが大切です。ではどのようなペースで返済していくのがいいのか、それについては次回(2017年3月8日公開予定)の記事で紹介します。

奥田弘美(おくだ・ひろみ) 精神科医(精神保健指定医)・産業医・作家。1992年山口大学医学部卒。精神科臨床および都内18か所の産業医として日々多くの働く人のメンタルケア・ヘルスケアに関わっている。執筆活動にも力を入れており「1分間どこでもマインドフルネス」(日本能率協会マネジメントセンター)、「一流の人はなぜ眠りが深いのか」(三笠書房)など著書多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人にあったマインドフルネス瞑想の普及も行っている。