◎第2弾 子どもにワクチンを打つ小児科医の立場から 長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学) 森内浩幸
つい最近まで、世界中で5歳の誕生日を迎えることなく死んでいく子どもが年間1000万人もいました。そのうちの約4分の1に当たる260万人の命はワクチンで予防できる感染症によるものでした。
子どもだけではありません。ワクチンによって予防できる病気で死んでいく大人も毎年200万人近くいて、その死因の第2位はB型肝炎に続く肝硬変と肝がん(年間約60万人)、
そして第3位はヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がん(年間約30万人)でした。
つまり、子どもの時にワクチンを接種することで、大人になって発症するがんを防ぐこともできるのです。
いずれにせよ、私たちはこれらの病気がワクチンによって防ぐことができることを知っています。必要とされる子どもたち、少女たち、大人たちへワクチンを接種してあげさえすれば、
こんなにも多くの人たちが死なないで済むのに、それに目をつぶって知らぬ顔でいることは許されません。それは恐るべき規模の大量殺りくに「不作為」という形で加担しているのと同じです。
◆ワクチンで救われてきた子どもの命
日本でも私が生まれた頃には、破傷風やジフテリアで死ぬ子が毎年それぞれ数千人、麻疹や百日 咳ぜき で死ぬ子が毎年それぞれ1万人以上いました。
消えてしまったように思っているこれらの病気が、ワクチンを 止(や)めたとたんに舞い戻って来ることを、世界は 途轍(とてつ)もなく高い授業料(多くの犠牲者)を払って経験してきました。
日本における実例の一つは百日咳です。ワクチン接種後に2人の子どもが亡くなったという報告を受け、「百日咳なんて過去の病気だからワクチンなんかいらないのに、そのワクチンが2人の子どもの命を奪った」と 誹(そし)られ、中止に追い込まれました。
その結果は、年間の患者数が数百人まで減っていたのに1万人を超えるようになり、百日咳による死亡者がゼロになっていたのに中止した3年間で113人もの命が奪われました。
しかも、ワクチンのせいと言われてきた副作用の多くは、実は 濡(ぬ)れ 衣(ぎぬ)や単なる紛れ込みです。
上述したように、古いタイプの百日咳ワクチンは脳症を起こし、下手すると命に関わることがあると言われてきましたが、そういう「百日咳ワクチン後脳症」の患者さんたちのほとんどは、実は遺伝性のてんかんであることが後に判明しました。ワクチンとは関係なかったのです。
欧米でかつて「MMRワクチン(はしか、おたふくかぜ、風疹の3種混合ワクチン)によって自閉症が増える」という報告が出ましたが、実はこのデータは全くのでっち上げであることが判明し、論文は撤回され、著者は医師免許を剥奪されています。
日本では慣れていなかった同時接種がおっかなびっくり行われるようになってすぐ、接種後の突然死がいくつも報道されてちょっとした騒ぎになったのを覚えていますか?
でもそれは、「乳幼児突然死症候群(乳児の死因の第3位で、全く健康だった子が突然死んでしまう)」等の紛れ込み(たまたまワクチン接種後のタイミングで起こってしまったこと)を見ていたに過ぎなかったのです。
もちろん、ワクチンによる重い副作用がゼロだと言うわけではありません。
でもそれは雷に当たるよりも億万長者になるよりも 稀(まれ)なことなのです。一般にワクチン副作用と称されているものの多くは、本当のところワクチンのせいではないのです。
しかしながら、このワクチンの副作用と称されているものは、ニュースでは非常に大きく取り上げられます。一方、ワクチンが数多くの命を救うことは全くニュースになりません。
おそらくその理由の一つは、「犬が人を 咬(か)んでもニュースにならないが、人が犬を咬んだらニュースになる」という報道の原理が働くからです。珍しいことだからニュースになり、当たり前すぎることにはニュースの価値がありませんから。
しかしそのようなニュースが繰り返し目に飛び込み耳に入るようになると、「近頃は、犬に咬みつく人が増えているんだって」というメッセージが、疑いようのない事実として浸透していくのです。
◆HPVワクチンとは何を防ぐのか
さて、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの話です。ヒトパピローマウイルスにはたくさんの種類があり、一部のものは、子宮 頸(けい)がんや、性器や肛門の周りにイボを作る病気「 尖圭(せんけい)コンジローマ」を起こします。
今使われているワクチンは2種類あって、どちらも子宮頸がんを最も起こしやすい16型と18型を防ぐことができます(1種類はさらに尖圭コンジローマを起こす6型と11型も防ぎます)。
16型と18型で子宮頸がんの約3分の2を引き起こしますが、特に比較的、若年で発症するのはこの二つの型が主体です。
私は厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会によるワクチン評価に関する小委員会の中で、これらのワクチンの「ファクトシート(医学的事実を集積し詳細に検討してその有効性と安全性を評価した報告書)」の作成に関わりました。
世界中で相当数のデータが集積されており、その有効性や安全性のデータから本当に期待できるワクチンです。小児科医であり、特に感染症を専門にしている立場から、強く推奨すべきワクチンの一つであると評価しています。
しかし今、このワクチンは日本において(世界中で日本だけにおいて)、積極的な勧奨中止という判断の下、せっかく定期接種に加えられたというのに接種率はほぼゼロになってしまいました。
なぜでしょう? それは、国内で338万人の少女に接種した後、体のいろんな部位の痛みだとか、体が勝手に動く不随意運動だとか気分不良だとか様々な訴えを持つようになったことが問題視されたからです。
厚労省の副反応検討部会の資料によりますと、上述の様々な症状が続いている子が186名、これに未確認分を推定して加えると276名、これは接種者の0.008%に相当します。
仮にこれが全て本当にワクチンのせいで起こったとして、ではワクチンを接種したらどうなるのか考えてみましょうか? 子宮頸がんの 罹患(りかん)率や死亡率、子宮頸がんのうちワクチンによって予防できる割合を計算に入れると、接種者338万人のうち2万5千人がワクチンによって子宮頸がんを免れ、7000人が死なずに済むのです。
そして副作用と言われているものは、本当にそうなのでしょうか? この年頃の女の子によく見られる不定愁訴(原因不明の体調の悪さ)を、ワクチンのせいと思い込んでいるのではないでしょうか?
名古屋市の調査では、ワクチン接種後に起こるとされる様々な症状の出現率が、ワクチン接種者と未接種者との間で違うかどうかを、3万人の規模で解析しています。そ
の結果、接種者の方が未接種者よりも多く訴える症状は何一つありませんでした(注:2015年12月に出された中間報告では上記のような解析結果を出していながら、本年6月の最終報告では生データの提示だけ行って、解析を行わないという不可解な対応を取っています)。
つまりワクチンによってそういう症状が出ることは、仮にあったとしても極めて稀であると言えます。
誤解してほしくないのは、これらの症状で苦しんでいる子どもたちがワクチンのせいであろうとなかろうと、しっかりと向き合い、その苦しみを除くために努力すべきだということです。
これまでこのような不定愁訴で苦しむ子どもたちは、しばしばまともに相手にされてきませんでした。そしてそのことがこの子たちの苦しみを増幅させてきたのです。それについても、私たち医療従事者は深く反省する必要があります。