「抗がん剤をやめたいが、主治医に言いづらい」 根治困難な「がんステージ4」 治療するかの選択は?
■治療する・しない、治療法をどう選ぶか
治療をどのように選べばいいのだろうか。外科医の経験も長い、昭和大学藤が丘病院・腫瘍内科教授の市川度医師はこう話す。
「まず、手術などの根治的な治療は本当にできないのか、主治医に確認してみましょう。医師によって判断が分かれることもあるので、セカンドオピニオンを利用してもいいでしょう」
根治的な治療ができない場合、積極的な治療はほぼ薬物療法のみになる。
薬物療法を受けるか否か迷ったり、家族で意見が分かれたりするケースは少なくない。主治医に薬物療法の話をされると、「治療を受けなければいけない」と思い込んでしまう人も多いという。
市川医師は「これからどう生きたいかを考えてみてほしい」と助言する。
「少しでも長生きしたい、やり遂げたいことがある、家族との時間を大切にしたいなど、希望する生き方は人それぞれ違います。できるだけその希望に近づける治療を一緒に考えるようにしています」
たとえば、1年先の子どもの入学式に出席することを希望しているなら、抗がん剤でがんの勢いを抑える必要がある。一方、「抗がん剤は嫌。痛みだけ取ってほしい」という人もいるし、家族が嫌がる場合も多い。市川医師は言う。
「薬物療法を嫌がる人の多くは、『かつて身内が抗がん剤の激しい副作用に苦しんだ経験がある』とか、『洗面器を抱えて一日中吐きっぱなし』といった『昔の抗がん剤の悪いイメージ』を引きずっています。
しかしこの20年ほどで薬物療法は大きく進歩し、今は吐き続けるなんてことはなくなりました。いい状態で長く生きることが可能になり、私たちも患者さんを『生活者』として見ています。抗がん剤に対する思い込みを捨て、『現在の薬物療法』を正しく理解した上で、治療を検討することが大事です」
とはいえ薬物療法の効果や副作用は個人差が大きいので、やってみなければわからない。まずは治療を始めてみて、効果と副作用のバランス次第で続行か中止かを考えるのも一つの方法だ。市川医師はこう続ける。
「積極的な治療を受けずにつらい症状が出てきたら緩和ケアでやわらげていく選択もある。どんな選択をしても、できるだけ今まで通りの生活をしていけるようにサポートしていきます」
■先延ばしにせず、やりたいことを楽しむ
一方、がん看護専門看護師の熊谷靖代さんは、治療を検討する前に頭と心をクールダウンすることを勧めている。
「ほとんどの人は転移を告げられたショックでしばらくは混乱し、回復にもそれなりの時間がかかるものです。そんなときはがんの相談窓口などで話をしてみてください。
言葉にすることでおのずと頭の中が整理され、落ち着いて主治医に向き合うことができると思います」
がんの転移を経験した人を取材する中で、「根治の希望を失いたくない」という声が多かった。熊谷さんはこう話す。
「一口にがんと言っても部位やタイプによっては薬によく反応して劇的に良くなる方もいますから、根治を諦める必要はないと思います。
ただ『治療を終えてから』という考え方はしないほうがいい。先が見えないからこそ『治療と並行して日々の生活も大切にしよう』『やりたいことを先延ばしにしないでどんどん楽しもう』と考えたほうが、楽に過ごせるのではないでしょうか」
「抗がん剤をやめたいが、主治医に言いづらい」 根治困難な「がんステージ4」 治療するかの選択は?© AERA dot. 提供
■【Q&A】患者からよく相談されること
Q:転移がわかったらやっておくべきことはありますか?
A:先々、緩和ケアが必要になったときのために、かかりたい近所の病院や、在宅の医師を探しておきましょう。自分と相性の良い医師を見つけておくと、安心できます。
医師は異動することもあるので、定期的にアップデートをすることも大事です。何気なく生活していると自転車で動ける範囲のことが意外とわからないもの。元気に動ける時でないと、なかなか情報を集めることもできません。
住まいを管轄する地域包括センターや支援制度なども調べておくといいでしょう。(熊谷さん)
Q:抗がん剤をやめたいが、主治医に言いづらい
A:薬物療法を始めてはみたものの、さまざまな理由でやめたいと思うのはよくあること。しかし「
(やめたいと言ったら)主治医が怒ってしまうのでは」「見捨てられたらどうしよう」と心配で、伝えることができず、我慢して治療を続ける患者さんもいます。
そんなときは「やめたい」ではなく、「からだがきついので、少し治療をお休みしたい」という言い方をすると、すんなり受け入れてもらえることが多いので、ぜひ試してみてください。
患者さんにとっても、「休みたい」のほうが言いやすいのではないでしょうか。(熊谷さん)
Q:薬物療法(抗がん剤治療)を始めたら、ずっと続けなければなりませんか?
A:同じ薬を使い続けていると、がんに耐性ができてだんだん効かなくなり、その薬を使うことができなくなります。
効果が期待できる別の薬を使って治療を続けることはできますが、その薬もやがて耐性ができて、使えなくなります。
使える薬には限りがあるので、薬物療法をずっと続けることはできません。また、副作用対策をしても副作用が強く、からだが耐えられないときや、患者さんが治療を希望しなくなったときも、中止します。
治療が中止になっても、緩和ケアは続けることができます。(市川医師)
Q:治療法の選択で家族ともめている
A:患者さん自身は抗がん剤治療を続けたいけれど、家族はやめさせたいと思っている――というように、患者さんと家族で意見が合わないことはよくあります。
病気を抱えて頑張っている本人の意思はもちろん大事。とはいえ家族は最も身近で患者さんを見ていて、とても心配している存在ですから、家族の言葉にも耳を傾けてほしい。
抗がん剤をやめさせたい理由も、「(本人は自覚がないけれど)家族が見ると明らかにからだに無理がきているから」かもしれません。じっくり話し合ってみましょう。(熊谷さん)
(取材・文/熊谷わこ)
【取材した専門家】
昭和大学藤が丘病院 腫瘍内科教授 市川 度 医師
「抗がん剤をやめたいが、主治医に言いづらい」 根治困難な「がんステージ4」 治療するかの選択は?© AERA dot. 提供
野村訪問看護ステーション がん看護専門看護師 熊谷靖代さん
がんが転移したときの患者の選択肢は? 医師「抗がん剤を受けない患者さん1割くらいはいる」© AERA dot. 提供
※週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2024』より