年金「繰り上げ」「繰り下げ」受給と「寿命」の関係
現在、年金の受給開始年齢は原則65才だが、それを前倒しして60~64才の間に受け取る「繰り上げ受給」、または先送りして66~70才の間に受け取る「繰り下げ受給」を選択することができる。
繰り上げ受給なら、早く受け取る代わりに受給額が減る。反対に繰り下げ受給は遅く受け取る代わりに受給額が増える仕組みだ。
はたして、受給額を減らしてでも「繰り上げ」で早く受け取った方が得なのか、それとも「繰り下げ」で受給額を増やした方がいいのか。基本的には、それはどれだけ長く生きるかにかかってくる。
通常の65才から受け取った場合と、繰り上げ受給の60才から受け取った場合で、受給開始から死亡するまでの「年金の受給総額」を比べると、「76才」で同額になる。つまり、
「76才」より若くして亡くなるなら、60才から受給した方が得で、「76才」より長生きするなら、65才から受け取った方が得ということ。
この76才は、繰り上げ受給の「損益分岐点」と呼ぶことができるだろう。
一方で、70才まで繰り下げて受給した場合の損益分岐点は「81才」だ。81才以上生きれば、繰り下げて得する計算になる。逆にそれまでに亡くなれば損だ。
最新のデータでは、女性の平均寿命は87.14才で、男性は80.98才。あくまで平均値だが、それまで生きるのであれば、「繰り上げ受給をするのは損」といえる。
政府は、「長生きリスクに備えて繰り下げを」とアピールする。しかし、「年金博士」として知られるブレインコンサルティングオフィス代表で社会保険労務士の北村庄吾さんはその考え方に懐疑的だ。
「重要なのは死ぬまでの平均寿命ではなく、自立して生活できる年齢を示す『健康寿命』です。健康寿命は女性で75~76才、男性で72~73才とされます。
繰り上げ受給の損益分岐点である76才まで生きていたとしても、健康ではなくなっている可能性も高く、せっかく年金を受け取っても、満足に使えなくなっているかもしれません」(北村さん。以下、「」内同)
◆せめて夫だけでも繰り上げるべき
定年後、もっともお金がかかるのは60代。夫婦ともに元気で、特に娯楽や趣味にかけるお金は現役時代より増えるともいわれている。
一方、体の自由がきかなくなる後期高齢者(75才以上)になると、娯楽や趣味にかけるお金は60代の半額以下になるため、70才を過ぎてから多くの年金を受け取っても、“トクした感”は得られないといえる。
「10年近くも“今がまんすれば年金が増えるから”と倹約を重ねていても、お金が入る頃にはボケているかもしれないし、最悪亡くなっているかもしれません」繰り下げ受給を選択し、
受給開始前に亡くなってしまった場合、65才から亡くなった年齢までの年金は「未支給年金」として遺族が受け取ることができる。しかし、繰り下げを選択することによる「加算分」は消滅する。
「いずれにしろ、男性の方が平均寿命も健康寿命も短いので、夫婦で考えた時には、夫の分だけは繰り上げて、比較的健康寿命の長い妻の分は繰り下げるという選択肢もあると思います。
何より繰り下げ受給は、“絶対に健康で長生きする自信があって、生活にも余裕がある、ごく一部の恵まれた人たち”の選択肢といえるでしょう」
デメリットはまだある。
「年金額が増えると、税金や社会保険料が多く天引きされて手取り金額が少なくなってしまう場合があります。
自治体によって異なりますが、たとえば東京23区などの大都市では、公的年金だけで暮らしている人の場合、年金収入が年211万円(月額約17万6000円)を超えると、
健康保険料や介護保険料などの社会保険料が上がり、医療費の自己負担分を減らす『高額療養費制度』の自己負担上限額も引き上げられます」
実際に繰り上げ受給するのにはどうすればいいのか。もし、まだ60才になっていなければ、60才の誕生日の3か月前までに日本年金機構から送られてくる「年金請求書」と住民票、年金手帳などを持って最寄りの年金事務所に行き、「繰上げ請求書」に署名のうえ、
申請すればいい。60~64才のまだ年金をもらっていない人も、同様の手続きを取れば、あらためて繰り上げ受給に切り替えることが可能だ。
「ただし、繰り上げ受給の場合は、一度申請すると一生減額された年金しかもらえないので、慎重な検討が必要です」将来への年金不安や自分の健康寿命などを考えていくと、たとえ1年あたりで受給できる年金額が減ったとしても、
早く受け取れる繰り上げの方がずっと安心できる。「一寸先は闇」の時代だ。とにかく元気なうちに受け取っておくというのが“年金の王道”だろう。