親が認知症になったとき不動産の管理はどうするか? 知っておきたい「家族信託」の仕組みと活用ポイント
相続トラブルのタネとなりやすい家や土地などの「不動産」。親から子へと受け継がれるなかで、「不動産が有効活用されない」という問題も起きる。その原因となるのが「認知症」だ。
高齢の親が認知症を患い、介護施設への入居が必要になった時、子供が“誰も住まなくなる実家を売って、入居費用の一部に充てよう”と考えるのは自然な発想だ。
しかし、そう簡単にはいかない。所有者である親が認知症になると財産は凍結され、処分が進められないという問題に突き当たるからだ。前稿で述べたような空き家の維持管理コストものしかかってくる。
『日本一シンプルな相続対策』の著者で税理士の牧口晴一氏は、「こうした問題に直面する家族は多い」と指摘する。
「認知症になると、親は自分の資産を自由に処分できなくなります。
健康寿命と平均寿命の差が認知症になってから亡くなるまでと考えると、約10年も実家を処分できないまま子が維持費用を払い続けることになります。
“空き家問題”は親の死後に発生するとは限らず、むしろ親の存命中に始まる問題なのです」
2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になる
と推計されるなか、多くの人にとって他人事ではない問題だ。
コストが低い家族信託
注目すべき選択肢が、「家族信託」だ。
「家族信託とは、親の介護のためといった目的に沿って、子供が親に代わり不動産や預貯金など親の財産の管理・処分ができるようにする契約のことです。
契約を結ぶと、親は財産の管理・処分を委託する『委託者』であると同時に利益を得る『受益者』となり、子は財産の管理・処分を任される『受託者』としての権利を持った管理人になります」(牧口氏)
家族信託による契約を活用することで、認知症発症後の親の老人ホームの入居費用を子が立て替えるのではなく、実家の売却など親の財産から捻出できるようになるわけだ。
「遺言書は親が亡くなった後に子に名義を変える役割を果たすものですが、家族信託の契約を結べば亡くなる前に財産の名義だけを子に変えられる。財産は親の利益のためだけに使うので、贈与税もかかりません」(牧口氏)
親が認知症を発症した後に使える制度では、家庭裁判所に申し立てをして成年後見人等を選任してもらう「法定後見制度」もあるが、使い勝手やコストの面で問題があるという。
「親の認知症発症後に成年後見人をつけると、数十万円の初期費用に加えて、親の生存中は毎月3万~6万円のコストがかかります。
10年間で400万~700万円必要ということ。一方の家族信託は自分で手続きすると最低で6万円ほど、専門家に頼んでも総費用は30万~100万円程度です」(牧口氏)
契約を進めるうえで他の家族にも説明を
家族信託の手続きは、まず公証人役場で契約書を作成し、法務局で実家などの不動産の信託登記をする。そして銀行で信託用の口座を作り信託の受託業務を始めるという流れだ。
「もちろん、自力で行なうのは手間がかかります。やってみたうえで難しければ、司法書士など専門家に頼むとよいでしょう」(牧口氏)
注意点としては、家族信託の契約を進めるうえで、家族に説明するプロセスを省かないことだ。
「家族信託は親が自分の財産を子供のうち1人に任せるという契約なので、基本的には親子2人が合意すれば完結します。
ただ、他の相続人が後から知るかたちになると“なんで2人だけで進めているんだ”といった揉めごとにつながるので注意しましょう」
メリットの大きさに比べて家族信託はなかなか普及しないが、「単に知られていない面が大きい」と牧口氏は語る。
「何も対策をせず親が認知症になると財産凍結が待っているし、一度認知症と診断されたら家族信託は使えません。高齢者の2割が認知症になる時代に手をこまねいているのはあまりに非合理です」(牧口氏)
家や土地を家族で有効活用していくうえでは、「相続の前」にやれることも多そうだ。
※週刊ポスト2024年2月23日号