渡辺専門委員の「しあわせの歯科医療」
日本人の平均寿命は女性87.45歳、男性81.41歳(2019年)と、過去最高を更新してきました。
その中で大きな課題とされているのが、介護の必要がない健康寿命と平均寿命の間には約10年の差があり、この差が縮まらないことです。
そこで、地域の健康寿命の長さと医療従事者や病床数など医療資源の量との関係を調べたところ、
特に男性では、医師の数や病床数ではなく、歯科医療費(保険医療)と相関があることがわかりました。歯医者さんによく通う地域の男性は、健康寿命が長いのです。どうして、そうなるのでしょうか。
この研究( Associations between Healthcare Resources and Healthy Life Expectancy(https://www.mdpi.com/1660-4601/17/17/6301) )を昨年発表した京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻講師の細川陸也さんに聞きました。(聞き手・渡辺勝敏)
健康寿命が長いのは中部地方、東北は短い
――平均寿命と健康寿命の差を小さくしようというのは、超高齢社会の日本で重要な健康課題のひとつで、この研究は、健康寿命を延ばすために必要な医療資源はなにかを調べたものですね。
都道府県よりも狭い、いくつかの市区町村をまとめた二次医療圏という地域単位の健康寿命を算出すると、長い所と短い所では男性で4.5歳、女性で3.5歳の差があります。
中部地方の愛知、長野、静岡県の二次医療圏を中心に健康寿命の長い地域が多く、逆に短いのは東北地方などです。
一方、医療資源としては、人口当たりの病床数、医療従事者数、在宅医療施設数、国民健康保険の医療費を指標として、統計的に処理して関連を調べました。
――医療資源の面から見て、健康長寿に関係するのは、どのような要素でしたか。
男女では傾向に違いがあります。はっきりと統計的に意味のある違いが表れたのは、男性では、歯科医療費の使用額が高い地域は健康寿命が長いこと。
一方、女性では、リハビリを担う療法士(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)の人数や、在宅医療を行う在宅療養支援診療所数、訪問診療施設数との関連が強く見られました。
歯科医療に男性が年間1万円多く使う地域では、健康寿命が0.7歳長い
――まず、歯科医療費について詳しく教えて下さい。 国民健康保険の歯科医療費は年間平均で1人2万4000円(保険、自己負担分含む)なのですが、
男性の場合、年間1万円多い地域では、健康寿命が0.7歳長いという結果になりました。女性では、強い相関は見られませんでしたが、傾向は同様でした。
]
口の健康状態は、肺炎などの感染症や心血管疾患など全身の病気と関連しているし、 噛か めていないと認知症の危険も高くなることが分かっています。
歯科に通って、予防的なケアを受け、噛める状態を維持することが健康に役立つことが様々な研究で明らかにされてきましたが、ここでもはっきりと結果が出ました。 ――男女に差があるのは、どうしてでしょうか。
男女では歯科受診の傾向に違いがあります。国民健康・栄養調査などを見ても、女性の方がもともと歯科をよく受診します。
また、他のグループの研究でも、地域によって男性の方が受診行動にばらつきがあることがわかっています。
そうした影響があると思います。 ――歯科以外の通常の医療費と健康寿命の関係はどうでしたか。 あまり関係は見られませんでした。
リハビリを行う療法士の数が多い地域では健康寿命が長い
――女性では、リハビリを行う療法士の数が多い地域では、健康寿命が長いということですが、リハビリが受けやすい環境にあると、健康寿命にプラスに働くというのは常識的にも理解しやすい結果ですね。
人口1000人当たりで療法士数が1人多い地域では、0.3歳健康寿命が長くなりました。男性でも同様の傾向はありましたが、それほど強い相関は見られませんでした。
その理由ですが、要介護になる理由に男女では違いがあって、男性は脳卒中など死亡リスクが高い段階で要介護となり、女性は認知症や骨折など生活機能が低下した段階で要介護になる傾向があります。
そのため、女性は、軽度から介護予防のためのリハビリを受ける機会が多いと考えられます。
また、女性の方が苦痛を訴えやすく、医療サービスにつながりやすい傾向が他の研究でも指摘されています。 これまで医師数や看護師数と健康寿命の関係は報告されていましたが、療法士の数との関係を示すことができたのが、この研究の重要なポイントだと考えています。
療法士数は地域によるばらつきが大変大きいので、医療提供体制を考える時に重視しなければならない点だと思います。
在宅医療が充実している地域では健康寿命が長い
――在宅医療が充実していると、女性では健康寿命が長いというのは、意外な感じがします。在宅医療というのは、健康寿命を終えた要介護の方に対応する診療所ですから、直接の関係はなさそうですが。
24時間対応する在宅療養支援診療所数が人口1万人当たり、1施設多い地域では0.2歳健康寿命が長く、訪問診療施設数が1施設多い地域でもやはり0.2歳長いという結果になりました。
確かに、要介護者が対象の医療ですから健康寿命とは直接の関係はなさそうに思えます。ですが、24時間対応する診療所がある地域には、
24時間対応の訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、緊急時の連携施設など、プライマリーケアから入院、リハビリまでの資源が整っている可能性が想定されます。
地域の医療福祉体制の指標のひとつなのではないかと考えています。
――今回の研究を通して、健康寿命を延ばすために重要だと思うのは、どういったことでしょうか。 健康寿命を延ばすには、どのような医療体制が必要か。
リハビリを担う療法士や在宅医療などの体制は、地域によって大変にばらつきがあります。政策的にはそうした地域間の格差の解消が必要ということがひとつ。
それと介護予防は早期から行い、歯科では、予防はもちろん、入れ歯やブリッジで補って噛める状態を作ることが大切だと思います。
これまでの研究からも、男性の方が重症化してから医療や福祉サービスを受療する傾向が見られるので、そこは女性を見習った方がいいかもしれません。
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻講師、保健師・看護師
2007年、三重県立看護大卒、大阪府に就職。09年、大阪市に転職。同市初の男性保健師として西成区を担当。健康格差や世代間の貧困連鎖を目の当たりにし、格差の解消や貧困の連鎖の防止に関する研究に取り組むため2012年に退職して京都大学大学院に進学。17年、博士後期課程修了。名古屋市立大大学院看護学研究科助教を経て20年4月から現職