「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」――。これは第16代米国大統領リンカーンの有名な言葉だ。
「有能」と強力に推薦された閣僚候補を断った際の「顔つきが悪すぎる」との言葉が由来とされる。人はある程度の年になれば、その人の品性や知性、考え方や生活習慣が顔に表れる。思いやりのある人は温和な顔つきになるし、明るく前向きな人は朗らかになる。
実直で意志の強い人はしっかりした顔つきになる。むろん職場でも家庭でも本音を明かさないよう無表情を装っているうちに、それが当たり前になった人もいるだろう。しかし、“顔つき”で潜んでいる病気が分かる場合もある。弘邦医院(東京・葛西)の林雅之院長に聞いた。
無表情といえば、うつ病をイメージする人も少なくないはずだ。
「うつ病にはいくつかの種類があります。職場だけで症状が出て、それ以外では元気という『新型うつ病』と呼ばれるうつ病の患者さんは表情がありますが、『内因性うつ病』の患者さんの顔は笑顔がなく無表情で、言葉も少なく単調です。重苦しく、悲しそうで、皮膚はかさかさした感じで年齢よりも老けて見えます」
少数の例外はあるが、多くは思考も抑制されており、同じことを繰り返し話す。昔のささいな出来事を気に病み、自分を責め、意気消沈して「生きるのがむなしい」と厭世感が見られるなどの特徴がある。
「内因性うつ病の患者さんは味覚異常が出て、食欲がないケースも多い。しゃべる回数だけでなく咀嚼回数も少ないから顔の筋肉が使われず、ぼんやりした表情になりがちです。薬により認知機能が低下することもそうした表情に拍車をかけているかもしれません」
パーキンソン病は脳から分泌されるドーパミンと呼ばれる神経伝達物質が不足して、神経の働きが悪くなり、手足が震えたり、全身の筋肉が硬くなって動かなくなったりする病気だ。
50代以上で発症することが多く、日本での患者数はおよそ15万人。
海外での有名人では、プロボクシングの世界ヘビー級チャンピオンだった故モハメド・アリやハリウッドスターのマイケル・J・フォックスなどがいる。
「パーキンソン病の患者さんは、歩くときに前かがみになり小刻みにすり足で歩くようになったり、腰が曲がったり斜めに傾いたり、首が下がるなどの身体機能に異常が表れます。さらに、まばたきが減る、表情がなくなる仮面様顔貌が知られています。仮面様顔貌は強皮病(皮膚や内臓のさまざまな臓器が硬くなる原因不明の自己免疫疾患)でも起こることが知られています」
無表情だと顔の血液やリンパの流れが悪くなり、筋肉が固まり、しわが増えて老け顔になるという。
■「歯」が原因になるケースも
顔がお月さまのように真ん丸になる症状をもたらすものもある。クッシング症候群だ。副腎皮質ステロイドホルモンのひとつであるコルチゾールというホルモンが過剰に分泌され、ムーンフェース(満月様顔貌)や中心性肥満などの特徴的な症状を示す病気の総称だ。
「コルチゾールはストレスを受けたときに分泌が増えるため、『ストレスホルモン』と呼ばれています。肝臓での糖の新生や筋肉でのタンパク質の代謝、脂肪組織での脂肪分解などの代謝の促進、さらには抗炎症および免疫抑制にも関わっています。生きていくうえでなくてはならないホルモンですが、過剰に分泌されると体幹に過剰に脂肪がつき、顔が丸く膨らみ、皮膚が薄くなるのです」
アデノイド顔貌は、別名「ロングフェース症候群」と呼ばれ、鼻の奥にあるリンパ組織(アデノイド)が腫れることによってもたらされる。
「アデノイドは細菌やウイルスが体内に侵入するのを防ぐ働きがあります。その免疫機能が過剰に作用し、アデノイドが肥大することで顔が長くなります。口が開いた状態になって口呼吸することが多い。そのため虫歯や歯周病になることが多く、口を閉じなければ発音しづらい『マ行』や『サ行』がうまく出ない場合があります」
怒り顔で険のある顔つきの人は、歯周病や顎関節症を患っている可能性があるという。
「誰もが、夜寝ているときに無意識に“食いしばり”をしますが、それがひどい人は長い間に咬筋が硬くなり力コブができてほっぺたが膨れ上がり、いつも怒ったような顔になるのです」
年を取れば、見た目がさらに大切になる。良い顔になるには、健康も条件であることを忘れてはいけない。