


下村観山展 at東京国立近代美術館2026
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不思議な縁を感じたの~
あのね、東京満開
のちょっと前に茨城県の五浦を旅したの
(この東京国立近代美術館編の後にブログSTART
)
そこで知った五浦で過ごした岡倉天心と4人の弟子たち・・・
(横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山)
近代日本画を確立した重要拠点の五浦ですが、
目的は五浦幽谷隠田跡温泉の宿泊とチームラボでした
2日目が雨だったので、たまたま訪問した茨城県天心記念五浦美術館で常設展と木村武山展を鑑賞したんです
とても感動して、東京へ戻ってからSNSでたまたま下村観山展の存在を知るっ
しかも、東京国立近代美術館で
近いっ
これは、すごいタイミングだっ
しかも、美術展などの招待券がたまに届くのだが・・・
「わわわ~、下村観山展の無料チケットが1枚あった~
」
これは、もう行くっきゃない
そんな訳で…

ソメイヨシノも終わりかけの4/8にお出掛け

桜でも眺めながら、東京国立近代美術館へ向かおうってわけ

北の丸公園の八重桜が満開だった

来週だと思っていた…

翌日、秘密の花園開催を決意






さんざんお花見レポートは少し前のブログで報告しましたが…


うっかり美術展へ行くのが大幅に遅れてしまいそうなので…


切り上げま~す


到着~

東京国立近代美術館

下村観山展とMOMATコレクションの美術館の春まつりを鑑賞しましょう


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
下村観山展を鑑賞します


前期と後期で展示内容が違います。
我々は、もちろん

重要文化財の「弱法師(よろぼし)」が展示されている前期に訪問しましたっ


今回、撮影禁止表示のない作品は撮影OKなんですっ


まあ、案の定…弱法師を始めとする格式の高い作品は撮影禁止だったりするのですが…

わ~、こんなアニメーションぽい作品もあるんだねぇ~


熊野観花 東京藝術大学所蔵
木村武山の「熊野(ゆや)」がお気に入りのなの
これはまた違うシーンですねっ

鹿さんかわいい~


元禄美人図

琴を弾いている婦人が、観山の奥さんがモデルらしい…

これは縁起がいい~

「仏誕」 東京藝術大学所蔵
あのね、本日の4/8は
釈迦の生誕日なんです

特別な日にゆかりの作品鑑賞


そして、こちらが・・・
闍維(じゃい) 1898(明治31)年 横浜美術館所蔵
闍維(じゃい)とは火葬して弔う事。中央の釈迦を納めた棺を仏弟子たちが囲む場面の絵画です

煙や光の感じがリアルで神々しかった


日・月蓬萊山図(右幅) 1900(明治33)年 静岡県立美術館
ここまでが第1部 画業をたどる――生涯と芸術
第1章 若き日の観山(1873–1902 誕生・上京~修業時代~日本美術院への参加)
そして、第2章 西洋を識る(1903–1905 イギリス留学)へ


行旅図 1904(明治37)年頃 個人蔵

書簡も展示
有名なディオゲネス 1903–05(明治36–38)年 大英博物館などは撮影禁止でした…
第3章 飛躍の時代(1906–1913 帰国~日本美術院再興前夜)

美人と舎利 1909(明治42)年 豊田市美術館

左側 狐の婚礼 1909(明治42)年 駿府博物館

風 1908(明治41)年頃 東京藝術大学

デタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
入口のパネルにもなっていた、
木の間の秋 1907(明治40)年 東京国立近代美術館
まさに
KANZAN GOLD
細部の描かれ方がすごくって見入っちゃいました

撮影出来るとは思わなかった


唐茄子畑 1911(明治44)年 東京国立近代美術館
みなさん、じっくり鑑賞しております


小倉山 1909(明治42)年 横浜美術館

右隻
実は、六曲一双の作品で…

これが完成型

第4章 画壇の牽引者として(1914–1930 日本美術院再興~死没)

寒空 1923(大正12)年 福島県立美術館

魚籃観音 1928(昭和3)年 西中山 妙福寺
一晩でお経を覚えた者と結婚するという魚籃観音が描かれております。東洋のモナ・リザですねっ

さて、この第1部 第4章で、
弱法師 1915(大正4)年 東京国立博物館 重要文化財
写真撮影出来なかったので、ミュージアムショップの複製品を見て下さい

能の演目としても名高い
「弱法師」に取材した下村観山の最高傑作。観山作品で唯一、国の
重要文化財にも指定されております

讒言(ざんげん)により親に追い出された俊徳丸は流浪の身となり、やがて「弱法師」と呼ばれる盲目の乞食に…
後悔した父と再会するという物語。
父であるとは知らずに日想観(日没を拝み西方浄土を想う瞑想法)を勧められて実践したシーンが描かれています。
俊徳丸の目は見えないが、盲目ではなかった頃に親しんだ難波の浦の景色が蘇り…「見える、見えるぞ

」と感激し、
顔には思わず笑みがこぼれ出す。という感動的なシーン

グッと心を摑まれた名画でございました

第2部 制作を紐解く――時代と社会
第1章 何をどう描いたか――不易流行

老松 1916(大正5)年頃 茨城県近代美術館

弁財天(下図) 1911(明治44)年頃 個人蔵
稚児文殊(ちごもんじゅ) 1923(大正12)年頃 横浜美術館
後期展示の目玉の獅子図屏風が見られなかったので、
ここで、青い獅子を鑑賞できたっ


四眠 1917(大正6)年 横浜美術館
4つの眠り(羅漢、子供、龍、小鳥)は天心亡き後の仲間の再結成の展示会出品だったので、もしかしたら(
横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山)

鍾馗 1922(大正11)年 個人蔵
ここから
第2章 なぜこれを描いたか―日本近代と文化的アイデンティティ

蒙古襲来図 1895(明治28)年 東京大学 駒場博物館
下村観山は描く対象物が、いわゆる映える対象になっていない。
歴史的な場面とか、渋いんですよねぇ~・・・
じっくり鑑賞すると良さが伝わってくるけど、パッと見は映えないものも多い印象です。
あっ・・・KANZAN GOLDは映えますがっ


左:養老勅使(観山) 中央:瀧図(観山・武山) 右:平重盛(武山)
これは凄いですよっ

下村観山・木村武山 の共作~

平重盛・養老勅使・瀧図 1901–02(明治34–35)年頃
下関市立美術館

俊徳丸 1922(大正11)年 公益財団法人 日本美術院
弱法師の俊徳丸さん、幸せになって欲しい


白菊翁 1920(大正9)年 個人蔵
ここから、
第3章 作品の生きる場所、作品がつなぐもの
あのね…後半の第2部は実はかなり流し見なの…

鰻屋を予約してあるので、リミットがあるんです


普賢文殊 1909明治42年頃 新潟県立近代美術館・ 万代島美術館
チェブちゃんの守り神かもよっ


楓 1925(大正14)年 南湖神社
あの渋沢栄一による依頼画だそうです


これ、カッコイイなぁ~


「竹の子」です


観山さん、ありがとう~~

約、2時間鑑賞しましたっ

ミュージアムショップで、

弱法師のお写真


これは後期展示品



木の間の秋も


ライオンだぁ~


後期展示の目玉、獅子図屏風


欲しいなぁ~弱法師

というわけで、弱法師のポストカードだけ購入

そろそろ、鰻屋の予約時間

東京国立近代美術館から近くの…

うなぎ竹屋へ13:00入店

白焼き食べて…



観山の後の、うなぎなんて…

めっちゃ美味しかったです
本日見たKANZANのBEST3
1,弱法師
2,木の間の秋
3,闍維(じゃい)
四眠や小倉山も好き~~
今回見られなかったいつか見たい観山の絵画
鵜 1912(明治45)年 東京国立博物館
無限の空間に飛び去ろうとする鳥と絶叫するかのように岩上で見送る鵜。そこには38歳の若さで他界した学友の菱田春草(ひしだしゅんそう)に対する観山の悲痛なる哀悼の辞が込められいる。
今回のブログはここまで!
それではまた、次回のブログでお会いしましょう!!
次回は、国立近代美術館後編!
美術館の春まつり・MOMATコレクションです
お楽しみに!
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