最近、体罰問題が世の中で話題になってますね。

一個人としては体罰がありなしでいうと有りだとは思います。それは自分がされてきたことを後悔してないからですかね。
でもここには、体罰を与える側と与えられる側の関係性で成り立つと思います。
私は小学校の頃、楽しいこと大好きでめちゃくちゃなことやってました。
校内で銀杏戦争やったり、屋上探検やったり、水風船戦争やったり、とりあえず、怒られまくってました(笑)
その時、叩かれるのはもちろん、よく学校にある1m物差しで頬を叩かれてあの物差しが折れたことがあります。
シャレにならないぐらい腫れましたが、親は
「あんたが悪いんだから仕方ない。」と言ってました。
体罰を与える理由が、本気で相手の人生のことを考えての体罰なら必要なことですし、感謝することだと思います。
今でも小学校の福田先生、高橋先生には感謝してます♪
あの時、悪いことと知れたからこそ、自分の中で
『常識』ができました。
今、親子さんと先生の間には本当の信頼関係というのはできているのでしょうか?
できていれば、こんなに取り上げられてニュースになることはないと思います。
今、小学校に戻って、物差しで打たれてとしても、1週間ぐらい顔がパンパンに腫れたとしても教育委員会や警察には言ったりしないでしょう。
それは「信頼」があるから。
いえば、人と人。
ここに、相手を信じるという気持ちを作ることができたらいいですね!
自分の会社の中で、体罰とかはないですが、怒鳴ることならいくらでもあります。
それは、自分の感情ではなく、相手の人生を本気で考えたからこそ、怒鳴るんです。
一つ一つ成長できるように、そして、相手の人生を本気で考えたら自分の直すべきところが、
ハッキリ見えてきます。
相手を本気で考えることが自分のために繋がってくるんです。
これは私、個人的な意見で桑田さんが言われてることにも、もちろん納得。
共通するのは本気で相手のことを考えて指導するかどうかに繋がっていると思います。
http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY201301110314.html
こう考えさせてもらえる相手がいることに
☆感謝☆ですね。