「人手不足時代の社員引き留め策」(神田靖美氏) | 清話会

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第7回「人手不足時代の社員引き留め策」

神田靖美氏 (リザルト(株) 代表取締役)


厚生労働省が6月30日に発表した『一般職業紹介状況』で、5月の正社員有効求人倍率が集計開始以来最高の0.99倍となりました。人手不足がいよいよ正社員の領域まで及んできました。
今回は人手不足時代における定着促進策について考えてみました。

■賃金は重要だが
 
もちろん高い賃金は効果的です。おそらくもっとも効果的でしょう。アメリカで1984年に行われた世論調査では、マネージャー、事務職、時給労働者という3つの職種で、「仕事においてもっとも価値あるもの」として「給与と厚生」が挙げられています(唯一専門職においてだけ、「昇進」がもっとも重要で、給与と厚生は2番目でした)。日本でも大学生の就職人気企業の上位は高賃金企業が占めています。

しかし賃金は採用難だからといって急に上げることはできません。採用初任給を上げたら既存の社員の賃金も同時に引き上げなければならず、その負担に耐えられる企業ばかりではありません。
 
比較的簡単にできて効果的な施策として、①リアリズムに基づく採用、②短い労働時間、③社外で通用する技能への訓練の3つが挙げられます。

■リアリズム採用
 
リアリズムに基づく採用とは、人材の採用に際して真実の情報を提供するということです。仕事の内容や賃金、労働時間、休暇、社員の定着率などについて、きれい事だけでなく会社にとって不都合な情報も含めて、実際にどうなっているのかを率直に情報提供することです。
 
「最近の学生は、休みは欲しいし長時間労働はしたくない、給料はたくさん欲しいという。うちみたいな中小はどうしたら良いのだ」という趣旨のことを言う経営者の方はたくさんいます。これに対する私の答えは「それでも真実を開示すること」です。希望を聞かれたら貪欲なことをいうのは当たり前です。好き好んで長時間労働や低賃金を希望する人がいるはずがありません。しかし希望を語る人も、別に桃源郷のような会社でしか働きたくないと思っているわけではありません。

本当のことを言ってしまったら人が集まらないと考えるのは間違いです。リアリズム採用には、
①入社後の幻滅感を和らげる、②入社するかどうかよく考えて決断させる、③会社の誠実さを印象付ける、④入社後の、自分の役割をよく認識させる
などの効果があり、仕事に対する満足度を高め、定着を後押しします。同じ労働条件でも、過大な期待を抱いて入った人よりも現実的な期待を持って入った人の方が定着率が高いということです。

■短い労働時間

 
長時間労働の会社に社員が定着しないことは、いろいろな調査で確認されています。少し前までは「長時間労働はしたくない」などと素直に言える状況ではありませんでしたが、最近は「働き方改革」や「ブラック企業」騒動などの影響もあり、状況が変わってきました。
 
長時間労働の原因として、よく過剰サービスが指摘されます。しかし過剰だからやめよというのは乱暴な議論です。過剰と思われるサービスに実はKFS(主要成功要因)があるかもしれません。いきなり廃止するのではなく、期間を限定して休止するとか、一部の営業所だけで休止するとか、テストをします。そして悪影響がなかったら廃止し、悪影響があったら存続するというように、影響を見極めてから廃止するべきです。

労働時間が短くても通勤時間が長くては、仕事に時間をとられるという意味では大差ありません。社員に遠距離通勤をさせないことも効果があります。採用の際、通勤時間の長さも考慮するとか、通勤手当に上限を設けるなどすると良いでしょう。

■社外でも通用する技能への訓練


仕事の技能にはその会社でしか通用しないものと、社外でも使えるものとがあります。わが社でしか使わない機械設備やコンピューターシステムの使い方、わが社の顧客特性などは前者の例です。パソコンの知識、財務の知識、マーケティングの知識、各種検定試験への合格などは後者の例です。

その会社でしか通用しない技能の訓練はどこの会社でもやっています。これをやらない会社は何のために人を雇っているのかわかりません。その反面、こうした技能の訓練だけをやって、社外でも使えるような技能の訓練をまったくやらない会社も珍しくありません。

たしかに、わざわざ転職に有利になるような訓練にお金をかけるのは無意味なことのように思えます。しかし社員の側から見て、社内でしか通用しない技能への訓練はあって当たり前で、ことさらありがたみを感じません。これに対して社外でも使えるような技能への訓練にはありがたみがあります。

社外でも通用する技能への訓練で留意すべきことは、短期間で習得できるものを選ぶということです。そうすれば会社にとってさほど負担になりませんし、社員にも満足感があります。

もちろん、以上であげたこととて、これらを行うことに、障害がまったくないわけではありません。しかしある程度の勇気と気力だけでできる施策から取り組んでゆくことが、今後ますます進展するであろう、人手不足の時代に重要になってくるはずです。


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神田靖美氏(リザルト(株)代表取締役)

1961年生まれ。上智大学経済学部卒業後、賃金管理研究所を経て2006年に独立。
著書に『スリーステップ式だから成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)『社長・役員の報酬・賞与・退職金』(共著、日本実業出版社)など。日本賃金学会会員。早稲田大学大学院商学研究科MBAコース修了。

「毎日新聞経済プレミア」にて、連載中。
http://bit.ly/2fHlO42