「お台場の『痛車天国』」(日比恆明氏) | 清話会

清話会

昭和13年創立!政治、経済、社会、経営、トレンド・・・
あらゆるジャンルの質の高い情報を提供いたします。

【特別リポート】
「お台場の『痛車天国』」

日比恆明氏 (弁理士)


東京・お台場で開催された「痛車天国」に出掛けてきました。恥ずかしながら、この会場に出掛ける前まで、「痛車(いたしゃ)」という単語の意味が全く判りませんでした。私が「おぢさん症候群」に該当する年齢になったためなのでしょうか。
 
「痛車」とは、車体の全面或いは一部にアニメやマンガのキャラクターを装飾した自動車のことです。都心ではあまり見かけることはないのですが、地方都市などでは良く見かけられるようです(都心では商用車が大半であるため)。

「痛車」の語源は「見ていて痛々しい車」ということのようですが、車体にペイントすることが何故「痛々しい」のかは不明です。まあ、他に適当な名称が無かったので、「痛車」という固有名称に落ちついたのではないでしょうか。


 写真1

車体に装飾されたデザインは美少女のキャラクターが多く、いわゆる「萌え」というジャンルです。愛車にこのようなキャラクターを装飾する持ち主の気持ちは判りかねますが、多分、目立ちたいのとオタク文化が混ぜ合ったためでしょう。

痛車の歴史は結構古いようで、2000年代の初めから始まっているようです。また、マニアも潜在的に多いようで、毎週末には全国各地で痛車のイベントが開催されています。ネット検索で「痛車 イベント」とチェックすると、全国のイベントがタラタラと数多く表示されてきます。イベントのスケジュールだけを掲載した「痛車カレンダー」だけを掲載したブログもあるくらいなので、いかにマニアが多く存在しているかが判ります。
 
この日のお台場は小雨で、少々寒い気温でした。会場への出展車は多いのですが、来場者がやや少なく、盛り上がりがイマイチといったところでした。屋外でのイベントは天候に左右されるのは致し方ないところです。快晴であれば、来場者で賑わったことでしょう。


       写真2                  


       写真3 

写真2は代表的な痛車のデコレーションで、多分、パチンコ機のキャラクターをテーマにしたものではないかと思われます。こうなると、パチンコ機メーカーの宣伝をしているようなもので、パチンコ業界から広告費をもらっても良いのでは、と思われます。写真3はその車のフロントグリルであり、フロントの形状にあわせてシートが巧妙に貼られていました。こうなると巧みな職人芸でなければ加工できす、素人ではこのような細かい作業はできないでしょう。

なお、多くの痛車では、塩化ビニールのシートにインクジェットでデザインを印刷し、その塩化ビニールのシートを車体に接着させてます。痛車が流行るようになったのは、大型のプリンターが安価になり、車体一面を覆うような大きさのシートに簡単に印刷できるようになったのも一因のようです。


       写真4                 


       写真5 

写真4は軽四のバン全面にイラストを装飾した痛車で、その内部は写真5のようになってました。若い女性の部屋をイメージしたようなもので、「萌え」という表現がピッタリです。女性っぽい雰囲気で一杯なのですが、車の持ち主の殆どには彼女はおらず、独身であることが特徴です。いわゆる、オタクと呼ばれる人種であり、2次元のイラストやフィギャの愛好者の派生のようです。パソコンゲームのオタクは多いのですが、自動車を恋人に仕立てるオタクもまた多いのです。


       写真6
 
個人が所有する痛車があるのなら、法人が所有する痛車があってもおかしくはありません。写真6は「痛車タクシー」であり、墨田区にある互助交通というタクシー会社が保有しているものです。実際に営業車として運行しており、街でみかけることができるそうです。しかし、このような装飾のタクシーを止めたなら、お客は乗車する前に尻込みするかもしれません。それとも、楽しく乗車できるとして、喜んで乗車するかもしれません。このような痛車タクシーは互助交通以外のタクシー会社も保有していて、全国のあちこちで走行しているようです。


       写真7

写真7はマンガの「おそ松さん」を装飾した痛車です。ここで問題となるのは著作権で、マンガの著作権者から使用の許諾を得ているかどうかです。実は、痛車の殆ど(全部と言ってもいいかもしれない)が権利の許諾を受けていないのです。痛車の所有者は個人であり、個人が自己のために楽しむのであれば著作権の許諾は不要という理屈なのです。

しかし、装飾の殆どは専門の業者により施工されており、この点からすると業として行うため著作権の侵害となります。このため、痛車におけるイラスト、マンガの装飾は著作権法ではグレーゾーンに該当します。施工業者もグレーゾーンであることを承知しているため、あからさまに著作権を侵害するような依頼は引き受けていないようです。ただ、著作権者の方も、イラストやマンガを装飾した車が街中を走ると宣伝になるため、お目こぼしとなっているようです。将来的には権利関係を明確にしておくべきではないでしょうか。


       写真8                   


       写真9

痛車のほとんどは国産車のセダンかバン、或いは軽四輪です。痛車のマニアは若者が多く、車両にそれほど資金をかけられないからでしょう。しかし、マニアの中には高級車にイラストを装飾する人も見かけられます。写真8はBMW、写真9はベンツの痛車です。フェラーリに装飾した豪傑もお見えになるそうで、マニアの世界には限度がないようです。


       写真10

痛車が全国にどの程度存在しているか、という統計は無いのですが、推測では数万台はあるのではないかと言われています。大型バスに広告などを装飾したラッピングバスも痛車の範疇に入ると考えれば、車両数は数十万台にもなるかと推測されます。普通車の全面をイラストで装飾した痛車の加工費用は数十万円程度です。

数万台と数十万円を掛け算すると痛車のマーケットは巨大な金額となります。隠れた巨大なマーケットが既に成立しているため、当然のようにマニアを相手にした業者も出現してきます。会場内には、写真10のように痛車に加工する専門業者が出店していました。この会場で新しい顧客を開拓するためでしょう。なお、痛車専門のデザイナーも存在しているようです。
 
自動車を装飾する加工技術はそれほど高いものではなく、大型のプリンターがあれば、原画を拡大して裏面に糊の付いた塩化ビニールのシートに印刷できます。印刷したシートを自動車の曲面に合わせて貼り付けることで、痛車ができあがります。塩化ビニールのシートは比較的丈夫で、3年ほどは褪色せずに使用できるそうです。

しかし、痛車の加工業者は個人経営の小さなところばかりです。これは先程説明したように、装飾に使用するキャラクターやイラストの著作権の問題があるためと思われます。著作権の問題をクリアーできれば、大手の広告会社や自動車整備会社も巨大なマーケットに参入してくると予想されます。これからは特定のマンガ家やイラストレーターなどから正式に著作権使用の許諾を取り付け、堂々と痛車の加工を引き受ける大手企業も現れるでしょう。


       写真11


       写真12 

痛車に描かれたキャラクターのほとんどは萌え系の女性像ばかりです。すると、痛車の展示会場にはコスプレした女性達が集まって、自慢の服装と化粧を披露することになります。私は痛車の趣味を理解できないのですが、このコスプレの趣味も全く理解不能です。マンガやアニメの主人公の服装をして他人に見てもらう、ということだけなのです。それがどうして楽しいのかが私には分かりません。私が「おぢさん」なのだからでしょう。しかし、私は痛車やコスプレの趣味を否定するものではありません。それはそれで健全な遊びであり、楽しければそれで良いのです。世界的にもコスプレは日本の文化の一つとして認められているのです。
 
この日の会場では写真11のようにコスプレする人達を受け付けていました。会場内のあちこちには、写真12のように高校生風にコスプレした人達を見かけました。このようなコスプレを「なんちゃってセーラー服」と呼ぶのだそうです。その女性達を観察すると、本物の高校生のようには見受けられず、お嬢様というよりもお姉様という感じでした。


       写真13                 


      写真14

痛車とコスプレの2つのオタク趣味が揃うと、さっそく撮影会となります。写真13、14では、痛車を背景にしてコスプレを撮影していました。


       写真15

会場には仮設のステージが設営され、コスプレしたアイドルが歌とダンスを披露していました。彼女達の多くはプロではなく、平日はバイトやパートで働いていて、週末だけアイドルに変身する素人のようです。彼女達の中にはプロを目指している人達もいるようですが、プロで生活するにはハードルが高いという現実を知っているためか、この芸能活動も趣味の範囲のようです。彼女達をタレントと呼べば良いのか、アイドルと呼べば良いのか適切な表現方法がありません。
 
ステージで彼女達が踊っていると、ステージ下で鑑賞していた男達も音楽に合わせて踊りだしました。彼らは小太りであり、典型的なオタクといった雰囲気の人達でした。彼らが踊りだすと、秋葉原にあるこの種のアイドルが出演するライブハウスが連想されました。