<平沼新党、2大政党時代に向け産みの苦しみか>花岡信昭氏 | 清話会

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<<平沼新党、2大政党時代に向け産みの苦しみか>>


花岡信昭(拓殖大学大学院教授、産経新聞客員編集委員)



*「理念がない敬老会」批判は無責任な論評

 「平沼・与謝野新党」に対するメディアの扱いが急速に冷え込んでしまった。
 「5人目がなかなか決まらない」「国民的人気の高い舛添要一氏が参加しない」などといった事情もあったのだが、「理念がない」という批判が最も強いようだ。

だが、結論的にいってしまえば、この政治状況の中で「理念がない敬老会」といった批判は、反対勢力のプロパガンダか政治の実像を知らぬ者の無責任な論評といわなくてはなるまい。

 だいたいが、「理念」を持ち出したら、民主党には党の綱領がない。

 自民党から旧社会党まで実に幅広い勢力による「小選挙区対応の選挙互助会」的な政党としての意味合いが濃かったから、統一した政治理念など作成しようもないのだ。

 もっといってしまえば、依然として党の最高実力者である小沢一郎幹事長の「ご託宣」が党の方針や理念の軸となっているというのが実情だ。

 だから、民主党サイドからの「新党には理念がない」という批判はまともに受け取らないほうがいい。

 たしかに、保守再生を掲げる国家観重視の平沼赳夫氏と消費税増税を中心に国家財政の再建を主張する与謝野馨氏とは、だいぶ肌合いが違う。

 だが、だからこそおもしろい、という言い方もできる。

*保守票の民主流入を防ぐのが新党の狙いか
「応援団だ」としている石原慎太郎都知事が先頭に立って選挙戦を展開すれば、かつて300万を集めた国民的人気の復活もあり得よう。

 任期を1年残すのみの石原氏の国政復帰の可能性も完全にないとはいえない。そうなれば、ムードはがらっと変わる。

 平沼氏が党首、与謝野氏が政策責任者という役割分担のようだが、いずれも長い政治歴を通じて存在感のある政治家である。

 メディアの多くは、当初、予期したような破壊力が出てこないことにがっくりきて、関心が薄れていったという感じにも見える。

 この段階での「保守新党」結成は何を意味しているか。そこを冷静に見ていく必要があるのではないか。

 今回の新党づくりでキーマンとして動いた園田博之氏(前自民党幹事長代理)は、えらく正直に「自民党嫌いの保守票が民主党に流れるのを吸収する役目を負う」と述べてしまった。

 ここが新党のポイントだ。
つまりは、7月参院選で民主党を「勝たせすぎないようにする」のが新党の重要な役割ということだ。

*「小沢神話」を左右する「2人区の勝敗」

 衆院では民主党は圧倒的な多数を制しているから、どうあがいてもこれを崩すのは難しい。

 新党が予想をはるかに超える国民的支持を得て一大ブームでも起こせば、民主党からの同調者を吸収する可能性がゼロとはいえない。

 民主党にくさびを打ち込むことまでできれば、これは格段に違うダイナミズムを帯びるのだが、まあ、当面はそこまで期待するのは困難だ。

 現在、参院では国民新党などを含めた民主党会派が過半数にかろうじて達している。米軍普天間基地の移設問題などをめぐって、社民党の連立離脱という事態になっても大勢に影響はない。

 民主党としては、小沢氏の号令で2人区に複数候補を強引に擁立するなど、相当に無理をした選挙態勢を築こうとしている。
これが成功すれば、選挙にはめっぽう強いという「小沢神話」は継続される。

言い方を変えれば、小沢氏の政治生命を左右するポイントが2人区での勝敗ということになるかもしれない。

 最近の内閣支持率の急落傾向を見れば、そうした小沢氏のもくろみが完全に裏目に出て、共倒れ続出という事態にもなりかねない。惨敗も大勝も紙一重なのだ。

*自民は若手・中堅をこぞって起用するが……
 「平沼・与謝野新党」は、そうした民主党総崩れを引き出す一翼になろうとしている。

渡辺喜美氏の「みんなの党」は世論調査によっては、公明党を上回る支持を得ている。舛添氏も展開によっては、新党を結成するかもしれない。先行して自民党を離党した鳩山邦夫氏も豊富な資金力をバックにどう動くか。

 自民党の谷垣禎一総裁は、執行部批判をかわそうと、中堅・若手をごそっと起用する人事を発表した。

 参院選挙対策本部(本部長は谷垣氏)の本部長代理に石破茂、石原伸晃、小池百合子の3氏を起用、「影の内閣」に当たる「政権力委員会」(ネクスト・ジャパン)を設置して、それぞれの部門での専門議員をずらりと並べた。

 園田氏の後任の幹事長代理には河野太郎氏を起用した。「古い自民党」を徹底批判している河野氏起用はもろ刃の剣でもあるのだが、そのアピール度を逆利用しようというわけだ。

 だが、それにしても、こうした策によって自民党の支持率が回復するのかというと、どうにもこころもとない。

 執行部一新を主張してきた舛添氏らは、大島理森幹事長を筆頭とする現体制を入れ替えなければどうにも国民受けしないと判断している。

 こうした状況から、参院選に向けて、まだひと山もふた山もありそうだ。

*「民主・公明」過半数割れなら新党の勝利

 結果として、「平沼・与謝野新党」「みんなの党」、それに舛添氏や鳩山邦夫氏らの動きによって、民主党を「負けさせる」ことができれば、この局面での勝利ということになる。

 問題はその「負けさせ方」の程度だ。

 こうした勢力にしてみれば、民主党に公明党を加えれば参院過半数確保というかたちになるのが、最も回避したい構図だ。

 公明党は「与党復帰願望」をもろに出し始めており、この参院選でキャスティングボートを握ろうとしている。

 自民党と離党組新党などによって、「民主・公明」でも過半数に及ばない、という結果を生み出すことができるかどうか。そこが最大の焦点である。

 安倍、福田、麻生の自民3政権を窮地に追い込んだ「衆参ねじれ」の逆バージョンが誕生することになる。

 新党結成となると、そこだけに関心が集中しがちだが、現時点は政界再々編の過渡期にあるのだという大きな流れを見据えたい。

 国民新党も含めて、将来の2大政党時代に向けての産みの苦しみのさまざまな様相があらわれるのが、この参院選なのではないか。

*地域別比例代表や復活当選などは廃止せよ
主導権を握るキーワードは「第2期政治改革」ではないかと思える。

 リクルート事件以後の政治改革は衆院選挙制度改革に矮小化された、などという批判があるが、小選挙区制導入は2大政党時代を導き、政党・政策本位の政治体制を導こうとする点では間違ってはいなかったと思いたい。

 政治の混迷から中選挙区制への復帰や大選挙区制(複数連記制)といった「争いごとを避ける日本的農耕民族型風土に沿った選挙システム」を求める声もないわけではない。


 自民党と社会党、それに若干の少数野党が巧みにすみ分けた時代への郷愁だ。

 だが、そういう流れでは、政党政治と議会制民主主義を踏まえた先進民主主義国家の政治システムとしては、いかにも寂しい限りだ。

 ここは、衆院の完全小選挙区制と、参院の「政局に介入しない」体質への転換が求められるのではないか。

 衆院を300の小選挙区制だけにしてしまえば、大幅な議員削減効果が生まれる。国民にだけ犠牲を強いているという批判をかわすには、国会が血を流す構えを見せるのが一番だ。

 完全小選挙区制にして、地域別比例代表や復活当選などという不可思議なシステムは廃止する。これによって、2大政党時代が本格的に到来することになる。

*道州制の導入で参院を米上院型に改組する手も
参院は衆院と選挙制度も似てしまい、衆院と同じように政局攻防の舞台となったことで、「再考の府」などといわれていた権威をすっかり失った。

 若林正俊前参議院議員の「代返」投票などは弛緩した雰囲気の象徴だ。

 戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が作成した憲法草案では「一院制」だった。これを「なんとか二院制に」と日本側が押し戻し、貴族院タイプではなく選挙で選んだ議員で構成することを条件に、GHQ側が認めた経緯がある。

 そうしたことも踏まえ、地方分権の徹底を加味すれば、参院を米上院型に改組する手がある。

 道州制が導入された場合、参院を道州の代表院とするわけだ。

 日本全体を10ぐらいに分けて、それぞれ5人程度を選出することにすれば、参院は50人ですむ。道州代表ということなら、1票の格差がいくらあっても構わないということにもなる。

 道州制の導入は衆院小選挙区の区割りを考える上でも、効果的だ。

 現在は47都道府県にまず1議席与え、残りを比例配分して議席数を決める仕組みだから、東京の世田谷区と同じぐらいの人口の県が存在する以上、どうしても1票の格差が2倍以上になってしまう。道州制によって、「県境」がなくなれば、区割りもかなり楽になる。

 新党ラッシュの中で、有権者の気持ちをどうつかむか。聖域化されてきた「国会の現状」にどこまで切り込むかがカギとなりそうな気がしている。


【日経BPネット連載・時評コラム拙稿「我々の国家はどこに向かっているのか」】再掲載