<鳩山夫人の暴走に見る首相官邸の「堕落」>花岡信昭氏  | 清話会

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<<鳩山夫人の暴走に見る首相官邸の「堕落」>>

                       花岡信昭氏(拓殖大学大学院教授、産経新聞客員編集委員)


*政治混迷は「産みの苦しみ」と思いたいが……

 鳩山政権は発足当初とは完全に様相を異にし、半年を経て苦境に直面している。
 支持率は30%そこそこで、政権の危険ゾーンといわれる20%台への突入も時間の問題と見られている。

 改めて断っておかなくてはならないが、筆者は政権交代そのものについては、議会制民主主義と政党政治の観点からして、基本的に歓迎したい立場である。米英などをはじめ、民主主義先進国で政権交代が起きるのは当たり前の現象だ。

 日本政治の場合、衆院が完全小選挙区制となり、参院は政局に介入しないシステムに転換されれば、理想的な2大政党時代が到来するだろう。

 それには、政党の成熟が必須条件となる。政党が候補の養成や政策形成の能力を高め、政党政治を深化させていかなくてはならない。

 おそらく、現時点はそうした道程の途中段階にあるのであろう。政治の混迷はそのための産みの苦しみと思いたい。

 そういう視点に立った場合、鳩山由紀夫首相をどう見ればいいのか。

 政治主導は結構であるとしても、その中枢に位置する首相官邸は本当に機能しているのか。

 そのあたりに、かねてから疑念を持ってはいたのだが、時事通信の配信記事を見て、やはりだめだったかと痛感した。鳩山政権の限界がこの記事に象徴されているように思えたからだ。

 ともあれ、その記事を紹介したい。3月23日夜の配信である。


*鳩山政権の限界を象徴する時事通信の配信記事
 
< 首相官邸の「KYカップル」?

23日の参院予算委員会で自民党の山本一太氏が、鳩山由紀夫首相の幸夫人が17日夜に韓国人俳優のイ・ソジン氏を首相公邸に招いたことを取り上げ、「日韓親善を念頭に置いた外交政策の一環なのか。夫人の個人的趣味でなさったのか」とただす場面があった。
 幸夫人はイ氏の熱心なファンで知られ、首相も就任前後から、夫人を伴いイ氏とたびたび会食している。

 首相が答弁で「妻の自主性に任せている。これ以上のことは私には分からない」と詳しい説明を避けたのに対し、山本氏は「経済状況が厳しく、多くの国民が苦労している中、12億円をお母さまからいただいて気づかなかったと話す首相と同じくらい、庶民感覚からずれている」と夫人を批判。「首相官邸の『KY(空気が読めない)カップル』と言われても仕方がない」と切り捨てた。 (2010/03/23-19:48) >

 以上、時事通信記事の引用である。

 山本一太氏は鳩山首相夫妻を「KYカップル」と断じたが、それはそれでおもしろいとしても、筆者は別の観点から、ここは絶対に見逃してはならない重要なポイントであると感じた。

 さらに、結論的にいってしまえば、官邸機能が完全にくるっていることを象徴する事態ではないかと深刻視するものだ。

*首相夫人の振る舞いをとめるスタッフはいないのか

 首相公邸はアメリカでいえばホワイトハウスである。そこに客を招くという行為が私的なものであるはずがない。すべて公的な意味合いを持つ。

 首相官邸には公邸担当のスタッフもいるはずである。首相夫人はアメリカでいうファーストレディーだ。その日程管理などを担当するスタッフも当然ながら存在する。さらには事務の官房副長官を筆頭に選りすぐりの官僚たちがいる。

 そういう官邸スタッフの中に、このイ・ソジンなる韓国人俳優を公邸に招くことを止めたものがいるか。ここは首相夫人の勝手な振る舞いを絶対に許してはならないところだ。

 その重大性を認識し、たとえ進退をかけ、身体を張ってでもストップをかけようとした官僚がいたのかどうか。

 おそらくは、そういうスタッフがいなかったから、こういう事態が起きたのであろう。

 これもまた結論的にいってしまえば、民主党政権の政治主導方針によって、官僚組織の中に「面従腹背」のムードが完璧なまでに出来上がってしまった。

 官僚というのは、頭脳は優秀で、その行動は実に巧みである。

 官僚たちは、政治家のレベルをすぐさま見抜く。この程度だと思ったら、それなりの対応しかしない。これはできる政治家だと判断したら、その高い次元に合わせて動く。

*ファーストレディーの行動をわきまえるべきだ

 首相夫人というのは、いうまでもなく公的な存在、公人である。

 その言動はすべてが公的なものとして受け取られる。公的行事に出席するさいの服装なども、その場にふさわしいかどうか、公的に判断されるべきものだ。

 鳩山首相も幸夫人の今回の会食事件(と、あえて言おう)について、「妻の自主性にまかせている」などと平然と述べてはいけない。公人たるものの基本的な態度をわきまえておくべきだ。

 イ・ソジンは2010年2月25日から在日本大韓民国民団(民団)の広報大使を務めている。民団がかねてから永住外国人への地方参政権付与を求めて積極的な運動を展開していることは広く知られている。

 幸夫人はイ・ソジンの熱烈なファンなのだそうで、これまでも何度か会食し、プレゼントを進呈するなどしてきたという。

 韓流スターのファンであろうとなかろうと、どうでもいいのだが、ファーストレディーの行動としては厳に慎むべきである。

 インターネットの百科事典ウイキペディアによれば、首相就任を2日後に控えた昨年9月14日、イ・ソジンが事務所に鳩山氏を表敬訪問、幸夫人も同席したという。また同サイトによれば、首相になってからも会食の機会を重ねているという。

 これとは別に、昨年10月、鳩山夫妻が訪韓したさい、韓国俳優ペ・ヨンジュンが体調を崩して入院中だったため、夫妻が見舞いに訪れたいと打診した。警護の問題から見舞いは見送られたが、日本の外務省を通じて花束を贈ったのだという。

 このことについて、韓国紙「中央日報」は「いくら韓流ファンとはいえ、日本の首相夫妻が韓国の芸能人を心配して花束を贈るのは異例のこと」と報じた。鳩山首相夫妻の「軽さ」が揶揄されたのである。

*鳩山首相の問題点は「国家意識の欠如」にある

 特定の国の特定の芸能人とこれほど濃密に接触を重ねる鳩山首相夫妻には、日本の公人のトップであるという意識が完全に欠落しているようだ。

 前述したように、そこのところはすべてに通じている官僚スタッフが補ってやらなくてはいけない。

 まして、イ・ソジンは民団広報大使という肩書を持つ。永住外国人への地方参政権付与がきわめてセンシティブなテーマとなっており、民主党内にも異論があることなどへの配慮がまったく見られない。

 幸夫人はこれまでも奔放な発言によりマスコミをにぎわせたことが少なくない。だが、ファーストレディーの間は、わきまえるべきはわきまえてもらわないと困る。

 首相夫妻の言動は国際社会に向けてのメッセージとして受け取られることもあるのだ。韓国との間では、地方参政権のほかにも教科書問題や竹島問題など、厄介な懸案がいくつもある。

 首相夫妻の言動が韓国側に間違った受け止め方をされる恐れにも神経を使わなくてはならない。それが国を代表するものの基本的な態度である。

 鳩山首相の問題点は、やはり国家意識の欠如といわなくてはなるまい。だからこそ、こういう軽薄なことを重ねても、その重大性への認識が追いつかないのであろう。


  ※【日経BPネット連載・時評コラム「我々の国家はどこに向かっているのか」24日更新分】 再掲載