前世体験とグリーフケア | 前世が出てきてコンニチハ

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ひょんなことから知った自分の前世との、怪しき格闘記。

皆様、こんにちは。

 

最近あまり前世ネタも書いてないのですが、それでもSAM前世療法を受けやしたは、結構読んで頂いているようです。SAM前世療法はクライアントさんに触れなければならず、オンラインセッションが出来ないタイプの前世療法ですし、生霊や未浄化霊がクライアントに憑依している場合は彼らを説得して戻るべき所に戻さないといけないので、益々オンラインは無理なんじゃないかと思います。直にクライアントさんが見えないと怖いですね。創始者の稲垣先生でも生霊との対話は大変みたいです。大体生霊って、、、。

 

私の母方の曽祖父は僧侶だったんですが、その彼が、

 

死霊より生霊が恐い

 

って言っていたそうな。

 

で、久々?の前世ネタですが、以前前世体験をグリーフケアに役立てる事は出来ないものか?と考えた事があります。でも最近気が付いた事があります。

 

亡くなった大切な方も自分の前世人格も霊、死んだ人と言う点では同じですが、決定的に違うのは、喪失感と分離感。大切な人が亡くなって悲しいのは、生きていたその人が他界してしまった事での喪失感と分離感。前世人格は今の自分より前の時代に生きていた自分の魂の一部なので喪失も分離もへったくれもないのです。むしろ死んだと思っていた前世人格(って言うかこんな奴いたんだ的な存在)が全然死んでねーことが分かるので(死ぬ死ぬ詐欺の別バージョン?)喪失感なんぞ無いし、分離よりもその逆の統合が起きるので、今世で大切な人を亡くした人の悲しみは無いのではないか?と言うのが個人的に今私が思っている事です。大体自分が死んで悲しいか?

 

人が他界して悲しく思うのはその人の喪失と、それによるその人との分離なわけですから、その二つの感情が起こらない前世の体験と言うのは、グリーフケアにどう役立つのか?と今大いに疑問に思っているのですよ。

 

大切な人が亡くなった場合、悲しいのはその人との何かを共有が出来なくなる事(分離)。今までのその人と共有してきた事は全ておもひでとなります。一方前世人格の場合、催眠にかかっていない普段の状態では感情が混同。どっちの感情か分からないと言う現象が起きるので、おもひでもクソもないのです。前世人格のおもひではあっても、前世人格とのおもひでなんかありゃしません。

 

ですから「前世人格も生きてますぜ」って言った所で、三次元で一緒に生きてきた人が亡くなって悲しんでいる人にどう役に立つのであろうか?と考えてしまいますよ。