リズムを大切にして
物事を深掘りすると言う事
慣れていないとただ頭で
深掘りしても意味がない
実感として感じながら。
行動するにしても
なぜその行動をするかに
ついての必然性がない
と長続きしない。
何でもやるという
姿勢は素晴らしいが
必要な事はこちらで
「判断」しなければ
誰も調整してくれない。
物事を深掘りするときは
自分で考える。
頭ではなく体で。
実感と思考
哲学と現実を
両方大切にするような。
前に進む時は
物事の偶発性に期待しながら
胸を弾ませながら
信頼しながら
前に進んでいくだけ。
あれこれ考えながら
リズムを崩す事はしたくない。
立ち止まること
進むことの違い
そうして行動するときに
あらかじめ自分で
セーフティーネットを
作っていると「真の意味で」
行動が自由になる。
自由にできる遊びと
ごちゃごちゃして
きたときの一瞬の判断。
心臓についてイマ、とても
関心を持っています。
「自分の楽器と考えたとしたら」
心臓から吹き込まれる
衝動で血液が全身に送られる
自分の体が動いている。
そこには規則性も必要だ
クラシックのように。
安定感のある。
しかしそれだけでは
特性を十分に
生かしているとは言えない。
ある程度の不規則性
ジャズのようなアドリブも
必要としている。
その遊びがないと
心臓さんはきっと
公務員のように
自分の仕事に退屈してしまう。
自分が言葉を出すときには
この自分の中の衝動と
心臓の鼓動と
どれくらい連動しているか?
一致しているか?
を確認しながら。
実感しながら表現
することの大切さ。
そもそも何のために
それをしているのか?
物事が調和している時
あれ?何かおかしいな。
と言う感じたときの不協和音
その違いを大切にできるのは
そこに気づいて
大切にして行動出来るまでには
リズムとテンポを
大切にして日々
を過ごす必要がある。
そもそものリズムが
崩れていないか?
間違ったリズムを
主旋律と勘違いしていないか?
自律神経と副交感神経
きっとほんのちょっとの
違い。言葉を言うにしても
その一瞬のテンポのズレや
ほんの短い間でも
自分の主観を入れてしまう
隙間を作るだけでも
物事は積み重なっていかない。
そこに多くの人を巻き込む
共感を作ることは難しくなる。
立ち止まるときには
自分のクリエイティブさを
広げてチャレンジしていく。
そして前に進むときには
この世界を信頼して
リズムに乗って
自分の衝動を感じながら
「自分の存在そのものだけを」
前に進めていくこと
余計な事は考えず。
…と今日は朝から薬にも
毒にもならないようなことを
考え続ける私です(−_−;)