人の意識が広がり
他者の助けを借りる
と言う意味について
左半身がずっと痛い
おそらく過去新記録(*゚▽゚*)
…うれしくない(−_−;)
これを「私流に」
自己診断で分析をすると
…この分析をすると言う
薄っぺらい行為が
もはや本質から
ずれていると思うのですが(-_-;)
おそらく自分自身の力
で生きることの限界を
感じながらもそこに他者
の力を借りることを
よしとせず、そのままの
スタイルを貫いていること
が根本的なバランスの
崩れにつながっている。
人間的な魅力や豊かな発想を
持っている人が私の周りには
溢れている。今は「素直に」
そう思う。
かなわないな。
素直に思える人たちが
この世の中ではいくらでもいる。
そこで私の悪い癖は
負けるもんか!とそこで
対抗心を燃やしてしまうことです。
まだ素直にそこを真似していく
教えを乞うような姿勢があれば
可愛げがあるものの
もう私のようなおじさんの
年齢になってしまうと
その素直さの欠片もなく
「俺は俺だ〜!」と全く意味を
なさないフレーズを多用する。
そこに何か意味はあるのかい?
バランス
今の私が再認識した
この世界において
自分自身がその変化に
追いついていないので
決定的にバランスが崩れている。
右半身に力が偏っている
左側は血行不良
前はこんなことを
のんびりとを考える
余裕さえなかった。
なぜならその前に
いつも怒りが先行していたから。
怒りは「都合よく」目の前の
本当に必要なメッセージを
掻き消してくれる。
怒りがおさまった頃には
そこに映し出された
本当に必要な映像や言葉は
きれいさっぱり消えている。
思考も同じでバランス
よく伸びていない。
自分の言いたいことだけ
考えたいことだけ
考えている感じ。
必要なことを突き詰めて
考えると言う意識は希薄。
自分のやりたいことを
やるという言葉を
少し解釈を私は少し
間違えているのかもしれない。
そのやりたい事と言うのは
自分の力だけで完結する
ものであってはダメで。
同時に他者の力も借りて
でなければできないような
ことでなければ
「これからの私は」
ダメなんだと言う事。
自律性と他律性
今自分が安定だと
思っている安定は
とても不安定なものであり
何よりも自分自身が
それを根本的にわかっているから
それでもなおかつ
動き出さず思考の枠から
出ようとしないことに
体が先んじて、前もって
「教えてくれている」
はい!また自分自身の
「お悩み相談室」
が始まりましたよ。
今日はこれぐらいにしておこう(-_-;)
ここはまたじっくり
考えるべき時に考える
近いうちに。今日は
もう月末連休前の仕事も終わり
むっちゃ眠たいので(−_−;)
その前に大切な
イベントがあるのです(*^o^*)
宿屋さんが
アメリカに帰って
しまわれるので
その前にラストもう一回だけ
カラオケ大会を開催するのです。
「あんさんの今するべき事
なんだと思っとる?」
それはもちろんその
カラオケで宿屋さんと
何を歌ったら1番
盛り上げれるか?
とことん突き詰めて考えること(*゚▽゚*)
マイプレシャスの
カラオケ大会は
むっちゃ楽しいよー(*゚▽゚*)
飛び入り参加も大歓迎
なのでぜひぜひきてね!