自己肯定感が未成熟だと自分への信頼感が欠けるため、長期にわたる努力の継続ができないことはこれまでも何度も書いてきた。長期にわたる努力ができないことは、自己形成、アイデンティティ形成に支障をきたし、「自分は何者なのか」「何のためにいきているのか」「やりたいことがわからない」といった状況を引き起こす。

長期にわたる努力の継続ができないということは、もはや致命的と表現するに相応しいのです。そしてそのような状況に陥っているにも関わらず、朝から晩まで、歩道を歩いている時も駅のホームを歩いて切るときもスマホ画面を見続けている。集中力が著しく低下し、不安の泡が次から次へと湧き出しても仕方がない生活を、自分からすすんで「選択」しているのです。アドラー心理学では、そういう人は「良くならないとまず心に決めている」そのため、「良くならないための選択を次から次へとしてしまう」という論理です。

そして努力継続できない人は、情動不安定で、いつも何かにいらいらいし、そのくせ自己顕示欲が病的に強かったりするため、些細なことで怒りに火がつき、衝動的な暴言暴力に及びやすい。電車の中で刃物を振り回したり火を放ったり、挙句の果ては、センター試験の会場で同じ受験生を刺したりするようになるのでが高いレベルの警戒が必要なのだ。