過去に撮影した「クラシック」世代な機体たち | 青春の1ページ航空機等撮影記録~since2019 New Edition~

青春の1ページ航空機等撮影記録~since2019 New Edition~

今年もこれから暑い時期になる・・・

最後まで新型コロナ感染症拡大に伴う緊急事態宣言が発令されていた東京とその周辺の3県(埼玉、千葉、神奈川)及び北海道も今週火曜日に宣言が解除され、徐々にではありますが日常の生活を取り戻しつつあります。来月1日には、大阪・兵庫・京都の休業要請も解除されることになり、県をまたぐ移動についても自粛を求められなくなりますが、北九州市では新たなクラスターによる感染拡大や、東京でもここ数日間は感染者数が2桁を記録するなど、「第2波」が発生する可能性もまだあるので、気は抜かずに対策をしていかなければなりません。各空港の撮影ポイントも徐々に開放を再開しており、伊丹は展望デッキを含めて全箇所が再開済みで、セントレアも展望デッキが来月1日から再開とのことです。また、成田は緊急事態宣言が解除された今月26日からひこうきの丘や航空科学博物館等が再開され、さくらの山も来月1日から再開とのことです(展望デッキの再開は未定)。その一方で、関空は唯一の公式施設ともいえる「Sky view」の再開目途が立っておらず、まだ撮影には不自由する日々が続きそうです。

 

さて、この週末も地元の飛来機には目ぼしいものがなかったことから、撮影はお休みとしましたが、結局、今月撮影に出たのはGW中の1回のみ、しかも約1時間という短時間にとどまりました。なので、今週もつなぎネタということになりますが、私がこれまでの約8年間で撮影した機体の中から「クラシック」世代と呼べるものを紹介していくことにしましょう。ちなみに、「クラシック」世代の定義ですが、主に3人乗務(機長、副操縦士、航空機関士)が必須だったものや、運航開始後相当年数が経過しているものということにします。ただし、B747やB737については、性能やアビオニクスが近代化される前のもの(いわゆる「第1世代」)に限定しています。

 

1.Boeing747-200

カリッタエア B747-200SF(N794CK)

2014.12.6 関西国際空港

 

カリッタエア B747-200F(N704CK)

2015.3.14 中部国際空港

 

1969年に登場し、翌1970年から運航を開始したB747のうち、-400以前のいわゆる「クラシックジャンボ」と呼ばれるモデルの中で最も標準的なタイプの機体で、-100の機体構造を強化し、性能を上げたモデルとなります。保有する航空会社によってエンジンメーカーも異なっており、ゼネラル・エレクトリック(GE)製、ロールスロイス(RR)製、プラットアンドホイットニー(PW)製の3社のエンジンが存在します。世界各国の航空会社で長年運航されましたが、貨物機に改修された機体以外は2000年代にはほとんど退役し、その後は貨物機に改修された機体のみが残っていましたが、人員の合理化と機体の老朽化により2010年代以降はそれらの機体も退役が進んでいます。私が撮影できた機体は貨物機としてカリッタエアで運航されていた-200の2機で、上の「N794CK」は1987年にユナイテッド航空に「N152UA」としてデリバリー後、2000年にノースウエスト航空に移籍し「N646NW」となり、2009年まで旅客機として運航されました。その後貨物機への改修を受けて2010年にカリッタに移籍し、翌2011年にレジが「N794CK」に変更されました。2016年まで運航後長期ストアされていましたが、2019年12月にカザフスタンのシグマ・エアラインズに移籍しレジも「UP-B4702」となり、現在も現役で運航中です。下の「N704CK」は当初から貨物機だった機体で、1986年に日本航空(JAL)に「JA8171」としてデリバリーされ、2008年まで運航されていました。2009年にカリッタに移籍し、3代目の「N704CK」となり(ちなみに初代はキティ・ホーク・インターナショナルで運航された-100、2代目は同じカリッタの-200の貨物機でした)、2015年頃まで運航されていましたが、こちらは残念ながら既にスクラップとなったようです。なお、エンジンは2機ともPW製のJT9Dを装備しており、回転時に独特の金属音を奏でていました。

 

2.Boeing747-SP

オマーン・ロイヤル・フライト B747SP(A4O-SO)

2019.10.26 関西国際空港

 

B747は、その大きなキャパシティを活かして長距離路線における主力となりましたが、当時のドル箱路線であった東京~ニューヨーク間を無着陸で飛行できる航続距離がなかったため、同区間を直行で運航可能な機材の開発依頼を受けて登場したのがこの747SPです。通常の747に比べて機体が短く、垂直尾翼・水平尾翼が大きくなっているのが特徴で、他の747とは一目で見分けがつきます。1976年からパンアメリカン航空(パンナム)で運航が開始され、当初の目的であった東京~ニューヨーク線のほか、長距離路線で運航されました。また、大韓航空、チャイナエアライン、サウジアラビア航空、イラン航空でも運航されました(イラン航空は2011年までこのSPを使用して成田線を飛ばしていました)。ただ、機体が短いことで定員も通常の747に比べると減少したこと、また通常の747でも直行便での運航が可能な仕様が登場したため、1989年で製造を中止され、総製造数もわずか45機にとどまりました。その後もアメリカン航空やルクスエアが中古機を購入して運航したほか、同様に中古機を購入してバーレーンやオマーン、カタールが政府専用機として運航されました。ただ、運航開始後40年以上経過したこともあり航空会社が保有する機体は現在全て退役済で、ラスベガス・サンズが保有する機体、NASAが所有する成層圏赤外線展望台(SOFIA)用の機体、PW社のエンジンテスト用の機体、そして一部の政府専用機が残る程度となっています。私が撮影できたのは、オマーンの政府専用機として運航される機体で、元々は1979年にブラニフ航空に「N603BN」としてデリバリーされた後、同社の経営悪化に伴い1981年に退役後ボーイングが保管(レジは「N351AS」に変更)、そして1984年にオマーン・ロイヤル・フライトが購入しレジも「A4O-SO」となり、現在に至ります。この画像は昨年10月の天皇陛下の即位の礼絡みで日本に飛来した際に、関空から広島へフェリーされたときのものです。なお、この機体もエンジンはPW製のJT9Dを装備しています。

 

3.Boeing VC-25A

アメリカ空軍 Boeing VC-25A(92-9000) アメリカ合衆国大統領専用機(エアフォース・ワン)

2019.6.29 伊丹空港

 

クラシックジャンボの747を語る上で外せないのが、現在も運航中のアメリカ大統領の専用機「エアフォース・ワン」。ベースは先に紹介した747-200で、正式には-200のバリエーションの一つとなりますが、空軍の形式である「VC-25A」も与えられており、ここでは別に取り上げます。それまで運用されていた707をベースとしたVC-137の置換用として1990年に2機登場し、基本的には2機一組で運用されます。-200を基本として、滞空時間延長のため空中での給油受油装置や予備燃料タンクが設置されているほか、攻撃に対する各種防御装置も完備しています。内装ももちろん特別仕様で、大統領の執務室や寝室、会議室、シークレットサービスやマスコミ用の座席等が用意されています。なお、エンジンはGE製のCF6型エンジンを搭載しています。登場以降歴代大統領の専用機として運用されていますが、登場から30年が経過したことから、2021年には747-8をベースとした新しい専用機への置き換えが予定されています。私が撮影できたのは昨年6月のG20大阪サミットで伊丹に飛来したときで、こちらのショットは帰国の途に就くトランプ大統領一行の出発のシーンとなります。ちなみに、この時の出発はR/W14Rからで、また、専用機も飛来したのは1機のみという体制でした。

 

4.Boeing727-200

コートジボアール政府 B727-200Adv.(TU-VAO)

2013.6.2 関西国際空港

 

1963年に登場し、翌1964年から運航を開始した、3発のベストセラー機がB727です。当時の長距離機の花形であったB707より一回り小さく、近~中距離での運用に適した機体として登場しました。水平尾翼を垂直尾翼の上に配置したT字型の尾翼配置と、機体後部に配置した3発のエンジンが特徴で、1970年代から1980年代の近距離路線の主力として活躍、日本でもANAが国内亜幹線の主力として長年使用していました。-200は1967年から登場した機体延長型のタイプで、さらに1971年からは航続距離の延長を図るとともに内装に747のコンポーネンツを取り入れた-200アドバンスドが登場しました。最終的に1984年まで生産が続けられ、1,832機が製造されました。B727の旅客機としての運航は2019年で終了しており、現在は貨物機として運航されているほか、プライベートジェットや政府専用機として若干数が残るのみとなっています(余談ですが、トランプ大統領がかつて保有していたプライベート機がこの727でした)。私が撮影できた727は、上のコートジボアール政府所有の1機のみで、もともと個人所有機として運航されていたものを2011年に同国政府が購入し現在のレジとなったものです。エンジンは離陸時に爆音に近い音を奏でるPW製のJT8Dで、ウィングレット装着の改修も受けています。2020年現在でまだ籍は残っているようですが、政府専用機としては後継機となるA319を導入済みで、現在も運用可能状態にあるかは不明です。こちらは2013年にアフリカ開発会議の開催に伴い飛来し、関空に駐機されていた際のショットで、まだ2タミ側のFedExのターミナルも建設中の状態でした。

 

5.Boeing737-200

スカイ・アヴィエーション B737-200Adv.(VP-CBA)

2012.7.14 成田国際空港

 

1967年に登場(運航開始は翌1968年)し、現在まで製造が続くB737ですが、この-200はその中でも初期に登場したいわゆる「オリジナル」のグループです。その後の737シリーズとは異なり、エンジンは直接主翼下に取り付けられており、またその形式もB727と同じPW製のJT8Dとなっていることから、離陸時には爆音に近い大きな音を奏でるのが特徴です。機体の全長は30.5mで、-500とほぼ同じサイズとなっています。こちらも1971年からは離着陸性能の向上を図り内装を747に準じた仕様とした-200アドバンスドが登場しています。後継の第2世代(いわゆる「737クラシック」)登場後も1988年まで製造が続けられ、1,114機(-100との「オリジナル」全体では1,144機)が登場しました。なお、このB737は製造当初から機長と副操縦士の2人乗務となっており、航空機関士の乗務は不要となっています。日本ではANA、日本近距離航空(後のエアーニッポン)及び南西航空(現、日本トランスオーシャン航空(JTA))が導入し、主に地方路線で運航されました。現在は-200による旅客便運用はほとんどなく、プライベートジェットとしてわずかに残るのみとなっています。私が撮影できた-200はスカイ・アヴィエーションという会社(詳細は不明)が保有していたこの機体のみで、1981年にNOGA importという会社にデリバリーされ(レジは「N180RN」)、1985年にドバイ・ロイヤル・エア・ウイングに移籍しレジは「A6-ESH」に変更、ここで長らくVIP機として使用されました。2000年には同じUAEのシャルージャ・ルーラーズ・ロイヤル・フライトに移籍しレジが「A6-ESJ」となり、ここで2か月使用された後スカイ・アヴィエーションに移籍し、レジがケイマン諸島籍の「VP-CSA」となりました(その後、2006年に「VP-CBA」に変更)。その後、2016年には別の企業に移籍しレジが「VP-CDA」となりましたが、2020年現在ではまだ籍は残っているようです。

 

6.McDonnell Douglas DC-10

フェデックス・エクスプレス MD-10-30F(N320FE)

2014.6.14 関西国際空港

 

フェデックス・エクスプレス MD-10-10F(N372FE)

2014.8.31 関西国際空港

 

1970年に登場(運航開始は1971年)した中長距離用旅客機がマクドネル・ダグラスDC-10で、ほぼ同時に登場したロッキードL-1011トライスターとともに、この時期の3発エンジン機の代表格といえる機体です。GE製のCF6型エンジンを2発(第1・第3エンジン)は主翼下に設置し、もう1発(第2エンジン)は垂直尾翼内に位置しているのが特徴です。当初登場した-10型は、アメリカ大陸を横断できる程度の航続距離を有していましたが、その後航続距離を延長した-30型やB747と同じPW製JT9Dエンジンを搭載した-40型も登場しました。1989年までに446機が製造され、世界各国で運用されましたが、2000年代以降は貨物機への改修が進んだほか、老朽化による退役も進められ、数を減少させています。なお、FedExが所有するDC-10については、改修によりMD-11と同じ操縦システムとし2名乗務を可能としたMD-10となりました。私が撮影できたのは、このFedExにより改修されたMD-10となった機体で、上の「N320FE」は、元々1980年にサベナ・ベルギー航空に「OO-SLD」としてデリバリーされたもので、1992年にFedExに移籍しレジも現在の「N320FE」となりました。その後貨物機へと改修され、さらに2010年にMD-10への改修を受け現在も元気に運航されています。一方、下の「N372FE」は、1972年にユナイテッド航空に「N1811U」としてデリバリー後、1998年にFedExに移籍しレジも「N372FE」に変更されました。その後貨物機に改修され、時期は不明ながらMD-10への改修も受けたものの、2015年以降はストア状態となっている模様です。

 

7.McDonnell Douglas MD-83(DC-9-83)

ダニッシュ・エア・トランスポート MD-83(OY-RUE) FIFAワールドカップトロフィーツアー

2014.4.12 関西国際空港

 

MD-83は1984年から登場したMD-80シリーズの一機種で、DC-9の発展型となります。当初はDC-9のスーパー80シリーズとして計画されていましたが、1983年からDC-9の名称を使用しないこととなったため、当初から「MD」を名乗って登場しています。外観はDC-9を基本としており、エンジンもPW製JT8Dとなっていますが、バイパス比を高めたことで離陸時のエンジン音は大きいものの、爆音のような激しい音は解消されています。また、DC-9とは異なり機長と副操縦士の2人乗務が可能となっています。MD-83は基本形のMD-81と比べて、燃料タンクの増設により航続距離延長が図られたもので、日本での導入実績はありません(同型機ではMD-81とMD-87が日本エアシステム(JAS)に導入されています)。MD-80シリーズでは最も遅く1999年まで導入され、主に各国の国内線や近距離路線で運航されましたが、2010年代以降は退役が進み、現在運航されている機体は少なくなっています。私が撮影できたのは2014年のFIFAワールドカップのトロフィーツアーで日本に飛来していたダニッシュ・エア・トランスポートのMD-83の1機だけですが、この機体は移籍を繰り返した経歴の持ち主で、当初は1990年にイギリスのエアツアーズ・インターナショナル・エアラインズにデリバリーされ(レジ「G-HCRP」)、1995年にサンツアーズ・スウェーデンに移籍(レジ「TC-INB」)、さらに1997年にはAOMフランス航空に移籍し(レジ「EI-CPA」)、翌1998年にはスペインのスパンエアーへ移籍(レジ「EC-GVI」)、ここで10年ほど使用された後2008年にリース会社にリースバックされ約1年間保管された後(レジは「N936MD」に変更)、2009年にルーマニアのメダリオン・エアが購入し(レジ「YR-HBZ」)、さらに2010年に現在のダニッシュ・エアに移籍しています。なお、このMD-80シリーズは比較的近代的な仕様を有しているため「クラシック」世代とは言い難い面もありますが、DC-9の名前を引き継いでいた時期もありますので、ここで取り上げております。

 

8.Douglas DC-3

ブライトリング(スーパーコンステレーション飛行協会) DC-3A(HB-IRJ)

2017.5.19 神戸空港

 

続いて紹介するDC-3は1935年に初飛行、1936年から運航を開始した「レジェンド」的存在の機体です。登場当時は屈指の飛行性能と輸送力・経済性とをうまく両立させ、それまで10人強しか輸送できなかった旅客機の定員を一気に倍近い21人(最大で32人)とするなど、戦前から戦後間もない時期の航空機輸送を支えました。第二次世界大戦中も連合国軍用輸送機「C-47」として生産されたほか(大半は戦後に旅客機改修されDC-3に編入)、日本やソ連でのライセンス生産も行われました。また、日本でも全日空において航空輸送黎明期の機体として運用されました。1960年代にはジェット機の普及に伴い、大手の航空会社からはほぼ退役しましたが、発展途上国や新興国においては、1970年代までローカル線や不定期便での運航が見られました。現在はイベント用として残る機体が大半ですが、空中撮影や飛行試験に使われる機体や営業運航に用いられる機体もごく少数ながら存在し、また製造数も1万機以上に上ったことから現存数も100機程度あるとされています。私が撮影したのは、ブライトリングのワールドツアーにより2017年に日本に飛来した際のもので、元は1940年に製造され、アメリカン航空で運航されていた機体をスイスの腕時計メーカーであるブライトリング社の出資により2009年に修復整備を行ったもので、スーパーコンステレーション飛行協会が所有者となっています。種類はPW製ツイン・ワスプエンジンを持つ「DC-3A」となり、操縦系統もオリジナルのままですが、アビオニクスは新しいものを導入しており、計器飛行にも対応しています。このワールドツアーでは、熊本、岩国基地、神戸、福島、仙台、松島基地に姿を見せたほか、幕張でのレッドブル・エアレースでもデモフライトを行いました。

 

9.Ilyushin Il-76

アルジェリア政府 Il-76TD(7T-WIU)

2015.8.2 関西国際空港

 

イリューシン76は、旧ソ連のイリューシン航空局が開発し、1971年に初飛行、1974年から運航を開始した大型輸送機です。外観は一般の輸送機と同じT字尾翼の高翼構造で、エンジンは初期はソロヴィヨーフ製のD-30KP、後にPS-90を4基搭載しています。また、機首下面もガラス張りとなっており、そこには航法士席が設けられており、顔つきも旧ソ連の機体らしい独特の雰囲気を持っているのが特徴です。細かな仕様変更を繰り返しながら現在も製造が続けられており、最新型の「Il-76-MD-90A」ではグラスコックピットが取り入れられています。元々は貨物輸送機ですが、民間に引き渡された機体には旅客を乗せられるようにした機体もあり、民間向け改良型のIl-76TDでは60人程度を乗せて運航することが可能です。私が撮影したのは、2015年の世界ジャンボリー開催に伴い日本に飛来したアルジェリア空軍の機体で、種類は民間向け改良型の「Il-76TD」となります。元は1993年にアエロフロート・ロシア航空に「RA-76440」としてデリバリーされ、1995年にアルジェリア空軍に移籍したものです。エンジンは細長い形態からD-30KPであると思われます。機体の経年は比較的新しいのですが、1974年の運航開始時の雰囲気をそのまま保っており、貴重な存在といえるかもしれません。

 

10.Tupolev Tu-154

スロバキア政府 Tupolev Tu-154M(OM-BYO)

2012.6.30 関西国際空港

 

ツポレフTu-154は、旧ソ連のツポレフ設計局が開発し、1968年に初飛行、1972年から営業運航を開始した3発旅客機です。先に登場していた双発機のTu-134を一回り大きくしたもので、B727と同様に垂直尾翼の基部に3機目のエンジンを搭載しています。当初のエンジンはクズネツォーフ製NK-8-2を搭載していましたが、1984年からはエンジンをソロヴィヨーフ製D-30KU-154-Ⅱに変更するなど騒音対策を施し、機体の各所の装備の近代化を図ったTu-154Mが登場、その後もアビオニクスに改良が加えられながら2013年までの長期間にわたり生産が続けられ、全部で1,015機が登場しました。比較的最近まで増備が続いていたこともあり、旧ソ連から独立した国や東欧諸国ではまだ現役で運航されている機体が多いほか、政府専用機としても運航されています。私が撮影したのは、2012年に飛来していたスロバキアの政府専用機である1機のみで、1994年にデリバリーされたものです。騒音対策等が施されたTu-154Mで、2020年現在も在籍しています。