37回目のイスラエルにして初めて

誰もいない「マサダ」


   当時のシナゴーグ跡にて語る。

 そうです、

 イスラエル国最後の戦い、

 集団自決のための演説がなされたあの場所で。


   マサダの英霊たちに見守られながら。






これからの時代は、英語が話せないとこまると中学の英語の先生は言いました。

私は、英語の成績ひどかったです。

授業が面白くなかったので、勉強しませんでしたから。


ところが、
私は、困ったことがありません。

英語のできる友達がいっぱいいるし、ロサンゼルスにも会社を作ったことがあります。

余談ですが、
英語が話せないと困るよ、と言った英語の先生、
外人の教師が来た時、英語通じませんでした。

直感と言うのは大事なもので、
それが自分に必要かどうかわかるのですね。

逆に、必要なものなら「好き」になるようにできているようなのです。


 私は、国語と日本史は旺文社の全国模擬試験でトップになったことがあります。

英語と数学はほとんどビリでしたから、トータルでは平均以下でしたが。

 
でも、日本史がトップになっても、

「お前は数学がダメだ、英語がダメだ」

と、徹底的に自信を失くさせられました。
私にとって、
学校とは劣等感を植え付けるところという記憶です。


 でも、自信を失ったり、出来なかったことは、
世の中に出てから使ったことがありません。

私に必要がなかったのです。
微分積分、できないけれど、建築会社の社長を30年やりました。

電卓があるから、三角関数わからなくても直角は出せます。


 自信がなくなり、自分はダメだと思ってきましたが、
今、日本史と国語が私の人生を支えています。

なんと、本もたくさん書いています。 


 うちの寛子さんは、学校で一番足が速かった。

私はビリでした。

でも、これまで走って逃げたこともなければ、今では寛子さんより私の方が速いです。


 平安に生きていくためには、必要なことは必ずできるようになっていて、できないことは必要のないことなのだと知ることですね。


あれができない、これができない、

ダメだダメだと全速力で不幸せになるよりも、

できることを使って、目の前の人を一所懸命喜ばせる。


それだけで人は幸せになるように、神様は創ってくださっています。


 私は、年間100回近く講演しています。

大勢の人に向かって話をするわけです。


 小学校では、私は先生の話を聴かないものですから、
いつも最前列に座らされ、それでも後ろを向いてみんなを笑わせていたので、ついに、先生の横に座らされました。

しかも、
みんなの方を向いて、授業を受けていました。
だから、
常に大勢の人の方を向いて過ごしていたのです。

 まさに、講演家の視座であります。

 神様は、私の将来をちゃんと知っていて、備えてくださっていたのですね。

感謝ですね。

 「できない」と思わないで

   「いらない」と知りましょう。


こんな自分の話、笑いながら楽しくしゃべって、
聞いてる人も楽しく笑えたら、それだけで人生は成功ですね。

  今日も一日

   いつも喜んでいよう

   絶えず祈っていよう

   すべてに感謝しよう